【書評】白い孤影 ヨコハマメリー/檀原照和

檀原照和著 嘗て、横浜市中区黄金町に、所謂、「ちょんの間」という違法な風俗街が広がっていた。通りを冷やかすと、真っ昼間であるにも関わらず、下着姿に近い恰好をした多国籍な女性たちが「お兄さんいかが?」と声をかけてくる。私自身は、衛生的な理由か…

【エッセイ】ナルシシズムの美学

物心ついた頃からだろうか、私は「この私」が「この私」であることが不思議で仕方なかった。言い換えれば、「この現実」が「この現実」でしかないこと、眼前に広がる光景がそれ自体でしかないことに、何とも言い難い違和を抱いていた。それでも、その違和感…

【散文】ママ、手を繋いで

マサル君のママはいつでもニコニコとマサル君に微笑みかけます。 そして毎晩マサル君が眠りにつくときに、 「欲しいものを言ってごらん」と優しい声でささやきます。 マサル君はなんでも欲しいものをママから買ってもらえるのです。 ある日、マサル君はママ…

【エッセイ】中年男の淋しさ、エイジズムについて

いつ頃からだろうか。もう随分、長い間、中年男の淋しさということが、繰り返しあらゆる場所で語られている。もちろん、中年男といっても、三十代から六十代くらいの初老まで幅広いのではあるが、ここでは、定年退職した初老に近い六十代に焦点を当ててみよ…

【書評】吉田修一/悪人

この小説を普通に読めば、善と悪との二項対立の結果としての善悪の不在、とでもいったものに帰結してしまうだろう。そのような小説は近代以降既にありふれたものとなっており、読者をそこに駆り立てる技術の巧拙、つまり、アミューズメントとでもいったよう…

【掌編小説】兎のいない満月

母方の祖母は物が失くなるといつも狐のせいにしたものだ。たとえば、棚の奥に置いていたはずの少しばかりの金銭が見つからない。そうすると、「また狐が入ってきてからに」といった塩梅だ。 考えようによっては、誰のせいでもなく「狐」という存在しない生き…

【エッセイ】荒井謙さんのこと

死者について書くことは難しい。そして、ある意味、不誠実でもある。なぜなら、彼らは既に死んでいるからだ。つまり、彼らはこの文章を読むこともなく、応答することもない。その一方向性は、ときに彼らへの冒涜となる可能性を孕む。生きている者、死の側で…

【ショート・ショート】動かないブランコ

動かないブランコがある。青色だったはずの鉄柱はペンキが錆びており、黄色だったはずの台も同様にほとんどペンキが剥げている。そこに白いワンピースを着た少女が不器用そうに座っている。少女は誰かを待っているのか、ブランコと一体化したかのように動か…

【エッセイ】男性の突起物について

アウシュヴィッツのガス室へ全裸で連れ込まれるユダヤ人男性たちの写真を評して、男性の突起物というのは物哀しさを誘う、と書いたのは誰だっただろうか。誰が書いたどの本だったかは忘れてしまったが、その文章を読んで以来、私は男性の突起物が引き起こす…

【詩】白いおばあさんの歌

今日という日の、なんと昏かったこと 明日という日の、なんと薄明がかった蒼きこと 昨日という日の、なんと眩かったこと ぼくはいったいどの時に在ったことだろう もうよそう、未来礼賛のぼくたちよ まるで異国の街娼らのため息のように 未来は遙か遠く、ぼ…

【詩】黒い通勤者

窓外の空が薄いオレンジ色に変わりはじめる頃、 僕たちは、連なって吊り革をつかむ、黒い通勤者。 一瞬、橋の上に、携帯電話のカメラを空に向けた少女が過ぎり、 黒い通勤者たちと同じように、僕も四角い空を見上げる。 西の果てに沈んでいく途上に、空より…

【告知】読むCafeにて掲載していただきました

読むカフェにて拙文を掲載していただきました。 【書評】早川タダノリ/『「日本スゴイ」のディストピア』 | 幻冬舎ルネッサンス運営 読むCafe

【告知】読むCafeにて掲載していただきました

読むCafeにて拙文を掲載していただきました。 【書評】フェルディナント・フォン・シーラッハ短篇小説「チェロ」 | 幻冬舎ルネッサンス運営 読むCafe

【エッセイ】コズエちゃんの思い出

ロラン・バルトが「まなざし」について書いていた本を本棚から引っ張り出そうとしていたとき、ドアのチャイムが鳴った。昨日注文したAmazonからの配達だった。すぐに梱包を破ると、ロラン・バルトの『明るい部屋』が新品のまま、まるで私を責めるよう…

【告知】読むCafeにて掲載していただきました

読むCafeにて拙文を掲載していただきました。 映画『ソフィーの選択』について | 読むCafe

【エッセイ】釣りについて

釣りという行為には何かしら考えさせられるものがある。その行為は釣りをしない人々が一般的に抱くイメージとはかけ離れている。凡その釣りをしない人々がそれに抱くイメージは、照りつける太陽の下、老若男女が海を呆然と眺めながら、竿から釣り糸を垂らし…

【歌詞】The Vincents「朝が来るまで」へのアンサー・ソング

The Vincents - 朝が来るまで

【エッセイ】ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ

今の実家がある新興住宅地に越してきたのは、確か、昭和天皇崩御の年で、元号が平成に変わった年だったはずだ。越してきた頃は、私の実家と畑を挟んだ隣の家しかなく、如何せん、人気のない淋しい山の斜面だから、田んぼや畑から響いてくる蛙や虫の音に満ち…

【映画】「シン・ゴジラ」〜初代「ゴジラ」へのオマージュとして

(C)2016 TOHO CO.,LTD. 【先の戦争と戦後の境としての初代「ゴジラ」】 庵野秀明監督の話題作「シン・ゴジラ」は、はっきりいってしまえば、諦めの映画である。もっといえば、祭りのあとですらある。それは庵野監督自身が一番知っているに違いない。 庵野作…

【告知】Twitterで知ったノンフィクション賞創設について

2016年(平成28年)という年は、日本が戦後復興から再度経済成長を成し遂げ、高度経済成長時代を迎え、バブル経済期を経験した後、つまり、半世紀足らずでそれらを遂げた期間に日本人が自らに貼った伏線「45年以前より経済発展した俺ら日本人スゴイ」が回収…

【ストーリー】映画「ある優しき殺人者の記録」の一部分を書き換え

新婚旅行が韓国なんて、とわたしは気乗りのしないまま、それでも、凌太が初めての海外旅行である韓国の焼き肉を楽しみにしていることに配慮して、関西国際空港から二人で一緒に飛行機に乗った。問題が起これば韓国からなんてすぐに帰国できるし、何なら凌太…

【音楽】浜田省吾の左派性にみる80年代日本とアメリカ

浜田省吾は1952年に、広島県竹原市に生まれている。彼が自身の楽曲に政治色を出し始めたのはアルバム『Home Bound』からだが、所謂「政治の季節」からすると、浜田は年少派ということになるだろうか。政治的な活動としては、1971年にアメリ…

【エッセイ】2016年、参議院選挙投票日の憂鬱

参議院選挙の投票日にこんな文章を書くのもなんだか憂鬱だが、もっと憂鬱なのは、冒頭から夢も希望もないことを書かざるを得ないことだ。 今回の参議院選挙で与党、現政権が圧勝するのは誰もが知っている。そして、その圧勝するであろう現政権の内閣総理大臣…

【書評】早川タダノリ著 /「日本スゴイ」のディストピア――戦時下自画自賛の系譜

【嫌韓本と日本礼賛本の氾濫】 嫌韓や愛国心高揚を掲げた日本を自画自賛する新書等が、本屋の目立つ場所に平積みされ始めたのはいつ頃からだろうか。現政権を担う内閣総理大臣、安倍晋三首相が「美しい日本」、「一億総活躍社会」等、きな臭い言葉を使い始め…

【映画】Buffalo'66

【ユーモアからヒューモアへの転換】 映画「Buffalo'66」について、今更語るべきことは何もないように思える。それでもこの映画について何かを語るとするならば、少しだけ着眼点を変えなければならない。つまり、ありきたりな鑑賞の仕方ではなく、私はこの映…

【書評】フェルディナント・フォン・シーラッハ短篇集『犯罪』を読んで

事件においては誰もが犯人でありうる 数年前に話題になった、ドイツ人作家フェルディナント・フォン・シーラッハの処女短篇集『犯罪』を、一篇ずつゆっくりと読んだ。短篇集というのは、一度通読したものは別として、一息に読むのが難しい。それが、短篇の名…

【音楽】尾崎豊「卒業」にみる歌声の変遷

早熟さと時間の感覚、27クラブ 早熟な才能というのは、ときに、悲劇的な結末をその人に与えることがある。例えば、若くしてスターダムにのし上がったロック・スターたち。その中の幾人かは、生を駆け抜けながら若さを爆発させた後、全エネルギーを使い果たし…

【音楽】尾崎豊/永遠の胸

印象的なギターソロから始まる尾崎豊の「永遠の胸」は、1990年にリリースされた20代の尾崎豊の集大成ともいえる二枚組アルバム『BIRTH』に収められている楽曲である。7分47秒という楽曲の長さもさることながら、その雄大なメロディーラインと、少しの切実さ…

【音楽】中島みゆき/時刻表

中島みゆきの楽曲群の中に、ひっそりと佇んでいる名曲がある。「時刻表」という曲だ。中島みゆきの歌声もどこか淋しげではあるが、ありふれた人間像を歌いながら、自身もまたありふれた人間のようである歌い手の絶望的な淋しさが木霊するような曲である。サ…

【書評】「飛び降り」「幽霊」――『セックスの哀しみ』より/バリー・ユアグロー

はじめに 超短編の名手、バリー・ユアグローの著書に『セックスの哀しみ』という超短編集がある。セックスに纏わる人間の悲哀を、ときには直截的に、ときには隠喩的に、ユーモラスに描いてみせる、そんな超短編集だ。その本の中に、「飛び降り」と「幽霊」と…