エッセイ

【エッセイ】男性の突起物について

アウシュヴィッツのガス室へ全裸で連れ込まれるユダヤ人男性たちの写真を評して、男性の突起物というのは物哀しさを誘う、と書いたのは誰だっただろうか。誰が書いたどの本だったかは忘れてしまったが、その文章を読んで以来、私は男性の突起物が引き起こす…

【エッセイ】コズエちゃんの思い出

ロラン・バルトが「まなざし」について書いていた本を本棚から引っ張り出そうとしていたとき、ドアのチャイムが鳴った。昨日注文したAmazonからの配達だった。すぐに梱包を破ると、ロラン・バルトの『明るい部屋』が新品のまま、まるで私を責めるよう…

【エッセイ】釣りについて

釣りという行為には何かしら考えさせられるものがある。その行為は釣りをしない人々が一般的に抱くイメージとはかけ離れている。凡その釣りをしない人々がそれに抱くイメージは、照りつける太陽の下、老若男女が海を呆然と眺めながら、竿から釣り糸を垂らし…

【エッセイ】ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ

今の実家がある新興住宅地に越してきたのは、確か、昭和天皇崩御の年で、元号が平成に変わった年だったはずだ。越してきた頃は、私の実家と畑を挟んだ隣の家しかなく、如何せん、人気のない淋しい山の斜面だから、田んぼや畑から響いてくる蛙や虫の音に満ち…

【音楽】浜田省吾の左派性にみる80年代日本とアメリカ

浜田省吾は1952年に、広島県竹原市に生まれている。彼が自身の楽曲に政治色を出し始めたのはアルバム『Home Bound』からだが、所謂「政治の季節」からすると、浜田は年少派ということになるだろうか。政治的な活動としては、1971年にアメリ…

【エッセイ】2016年、参議院選挙投票日の憂鬱

参議院選挙の投票日にこんな文章を書くのもなんだか憂鬱だが、もっと憂鬱なのは、冒頭から夢も希望もないことを書かざるを得ないことだ。 今回の参議院選挙で与党、現政権が圧勝するのは誰もが知っている。そして、その圧勝するであろう現政権の内閣総理大臣…

【音楽】尾崎豊「卒業」にみる歌声の変遷

早熟さと時間の感覚、27クラブ 早熟な才能というのは、ときに、悲劇的な結末をその人に与えることがある。例えば、若くしてスターダムにのし上がったロック・スターたち。その中の幾人かは、生を駆け抜けながら若さを爆発させた後、全エネルギーを使い果たし…

【エッセー】真夜中のプールと青春と自由であること

村上龍の処女作、『限りなく透明に近いブルー』の中に、主人公である僕とリリーがラリった状態で、雷雨の中のトマト畑を這いつくばるシーンがある。二人はラリっているため、トマトを爆弾だと言い張ったり、トマト畑を海と錯覚したりする。このシーンは、ド…

【エッセー】人生の黄昏において

人生の黄昏を知った人間は、名残惜しいような諦念と、覚悟の間で揺れ動く。生への名残惜しさとは、彼が人生において何を行為したか、何を獲得したか、つまり、彼の記憶に残存している何に未練があるかではなく、彼が何を行為できなかったか、何を獲得できな…

【エッセー】昭和の終焉までに

母方の祖母が他界したのは、確か、五年前だったと思う。亡くなるまでの入院期間が長すぎたため、その死はどこかあっけなく感じられた。実際、祖母の死に目に立ち会えたのは、親族のうち、ニ、三人だった。あの日のことを少しばかり思い出すと、私はちょうど…

【書評】無頭の鷹――雨乞いの神の子たち

雨は降らないかな? ニューヨークの街角に店を出している花屋の屋台に群がる女の子たち、彼女らが空を仰いで雨を乞う場面が象徴しているように、トルーマン・カポーティの短編小説「無頭の鷹」は、都会を灰色に染める雨を巡る小説といっても過言ではない。雨…

【エッセー】死者の幻影と記憶

父方の祖父が他界したのは、確か、七年前だったと記憶している。 当時、私は神奈川県川崎市にある古臭いシェアハウスの四畳半の部屋に住み、渋谷にあるおっぱいパブのボーイをしていた。当然だが、求人雑誌にはおっぱいパブなどとは書かれておらず、私はてっ…

【エッセー】長崎原爆の日、キリスト教のアンチノミー

私の故郷、山口県周南市(旧徳山市)では、8月6日の午前8時15分と8月9日の午前11時02分にサイレンが鳴り響く。これがいつ始まったのかは知らないし、他の市町村で同じようにサイレンが鳴り響くのかどうかも知らない。それでも、私はものごころついたときには…

【エッセー】真夏の熱さと閃光、そして老婆の思い出

路面電車から見える窓外を現代的な都市の風景が流れていく。私はふと流れているのは自分なのではないかと思案するが、もう一度考え直してみると、まったくそのとおりなのだった。たとえば、今、コンビニ前で煙草を吸っている男性がいる。彼は瞬く間に流れて…

【エッセー】山口連続殺人放火事件に想うこと

2013年7月21日に起こった周南市金峰(みたけ)連続殺人放火事件、俗にいう、山口連続殺人放火事件の判決が、2015年7月29日に山口地裁で下った。結果からいうと、保見光成被告には死刑判決が下されたわけだが、それは、おそらく、多くの人が予想していたとお…

【エッセー】私がいなくなった後の世界で

私たちが生きている世界は常に誰かがいなくなった後の世界である。最も多くの人間が死んだ戦争、第二次世界大戦では全世界で民間人を含めた8500万の人々が死んだという統計がある。そして、今この瞬間にも世界のどこかでは様々な理由、複雑で、理不尽で、暴…

【エッセー】トルーマン・カポーティ「無頭の鷹」を読んで

トルーマン・カポーティーといえば『冷血』や『ティファニーで朝食を』などの小説が有名だろうか。もしくは、アラバマを舞台にほのぼのとした日常を綴った小説群を好む読者も多いかもしれない。しかし、私は彼のデビュー作である短編小説「ミリアム」を始め…

【エッセー】思い出は優し

例えば、今現在を剥ぎ取られた男とはどういう存在だろう。過去しかない男。当然、彼がすがりつけるのは記憶だけだ。記憶を思い出と言い換えてもいい。彼にとって思い出は常に優しい。思い出だけが常に優しい。そして、これはアンチノミーになるが、今現在を…

【エッセー】街路樹

四時間も待たされた後だった。もちろん、明子からはそれまでに次々と遅刻を知らせるメールは受け取っていた。でも、僕はそんな理由なんて信じていなく、最後の方はメールすら確認しなかった。僕はさっきまで見ていた昨夜の夢の続きから醒め、街中を見回した…

【エッセー】最後のキス

山下公園の近くにアマゾンクラブというレストランがあった。ゼロ年代前半の頃だ。今あるのかは知らない。そこは倉庫のような造りになっており、一見さんはなかなか見つけることができない店だった。その内部にも様々な仕掛けがあり、初めて訪れる人はまるで…

【エッセー】躊躇と「介護入門」

昔、風俗の店員をやっていた頃、姉妹店にのりこという源氏名の女がいた。多くの風俗店は新人の女の子が入るとすぐに辞めさせないために姉妹店の男性従業員をこっそり客として出向かせることがある。私はのりこが姉妹店に入店したときにすぐさまその店に本指…

【エッセー】死について

まずはじめに、無があった。と書くと語弊がある。無を存在させてしまうからだ。ビックバンは無から生じたのではない。無さえ存在しないところへ生じたのだ。それ以前に何があったのかは定かではない。ビックバン時のそのエネルギーは膨張し続け、現在に至る…

【エッセー】河ちゃんのこと

その売人は河ちゃんと呼ばれていた。金髪に染めた短い髪をツンと立たせ、ブルーハーツの曲をよく口ずさむことからおそらくはそのあだ名がついたのだと思う。河ちゃんはタクシードライバーでもあり、実際にそのタクシー内では常にブルーハーツの1001のバイオ…

【エッセー】ポーの詩集を日本語で読む中国人女性

伊勢佐木町の隣の通りにある若葉町という町に住んでいた頃、友人の中国人女性である海晴がマッサージ店の呼び込みの仕事をしていたから、私は深夜によく長者町の通りのガードレールに座ってポーの詩集を読んでいた。詩集を読むのに飽きると、手持ち無沙汰に…

【エッセー】タクシードライバー

伊勢佐木町でぶらぶらと遊んで暮らしていた頃、桜木町にあった飲み屋によく通った。伊勢佐木町から桜木町までは歩いて数分の距離であり、散歩にはうってつけなのだが、その頃の私は馬鹿みたいにタクシーを利用していて、また、タクシーに乗るのが好きだった…

【エッセー】大津島(馬島)と高松工さんのこと

瀬戸内海というのは本州と四国に挟まれた内海であり、言い方を換えるならば、四国によって太平洋へと開かれることを阻害された内海であるとも言える。もっと言えば、本州と呼ばれる離島と四国と呼ばれる離島に挟まれた内海であると言うこともできるかもしれ…

【エッセー】ジャッキーのこと

昔、横浜の伊勢佐木町に住んでいた頃、皆からジャッキーと呼ばれている中国人の知り合いがいた。その男は眼鏡をかけて頭を綺麗に剃り上げていたからジャッキーというあだ名がジャッキー・チェンに由来するものでないことは確かであった。私は彼の本名も生い…

【エッセー】恋愛感情のこと

一般的に、男は気に入った女性が身近にいるとなんとか手段を尽くして自分に好意を持ってもらおうとする。これが上手くいくと、いわゆる恋人同士ということになるわけだが、人と人との関係というのはそれほど単純ではないから、大抵の場合、男のアプローチは…

【エッセー】広島のこと

広島の夏は暑い。京都のような盆地の暑さではないが、市街地が海に面していないので独特の暑さがあるのだ。高校を中退した後、山陽本線の列車に乗って広島までよく一人で行ったものだ。何をするともなく、ただひたすら広島の街を歩き回った。歩くのに疲れる…

【エッセー】中国人の女

もう随分前の話になるが、その夜、十年来の友人である中国人女性が経営するパブに招かれて、長居し、ウィスキーのボトルを一本空けた。店は恐らく前身のキャバクラを改装したのであろう、煌びやか過ぎず、暗澹過ぎず、日本によくあるタイプの安価なパブとい…