書評

【書評】ゲンロン叢書、大山顕著『新写真論 スマホと顔』

genron.co.jp 【写真は写真家自身によって語られなければならない時代へ】 大山顕氏による『新写真論』は、株式会社ゲンロンから出版された五冊目のゲンロン叢書である。その題名のとおり、本書は写真論のアップデートを試みており、スマートフォンに搭載さ…

【書評】ゲンロン叢書、プラープダー・ユン著『新しい目の旅立ち』

genron.co.jp タイの作家であるプラープダー・ユンによる『新しい目の旅立ち』は、ノンフィクションの紀行文でありながら、どこか、フィクションのようだ。それは、おそらく、方法論的なことが要因のひとつだろう。著者は、意図的に、探偵小説的な方法論を、…

【書評】白い孤影 ヨコハマメリー/檀原照和

檀原照和著 嘗て、横浜市中区黄金町に、所謂、「ちょんの間」という違法な風俗街が広がっていた。通りを冷やかすと、真っ昼間であるにも関わらず、下着姿に近い恰好をした多国籍な女性たちが「お兄さんいかが?」と声をかけてくる。私自身は、衛生的な理由か…

【書評】早川タダノリ著 /「日本スゴイ」のディストピア――戦時下自画自賛の系譜

【嫌韓本と日本礼賛本の氾濫】 嫌韓や愛国心高揚を掲げた日本を自画自賛する新書等が、本屋の目立つ場所に平積みされ始めたのはいつ頃からだろうか。現政権を担う内閣総理大臣、安倍晋三首相が「美しい日本」、「一億総活躍社会」等、きな臭い言葉を使い始め…

【書評】フェルディナント・フォン・シーラッハ短篇集『犯罪』を読んで

事件においては誰もが犯人でありうる 数年前に話題になった、ドイツ人作家フェルディナント・フォン・シーラッハの処女短篇集『犯罪』を、一篇ずつゆっくりと読んだ。短篇集というのは、一度通読したものは別として、一息に読むのが難しい。それが、短篇の名…

【書評】「飛び降り」「幽霊」――『セックスの哀しみ』より/バリー・ユアグロー

はじめに 超短編の名手、バリー・ユアグローの著書に『セックスの哀しみ』という超短編集がある。セックスに纏わる人間の悲哀を、ときには直截的に、ときには隠喩的に、ユーモラスに描いてみせる、そんな超短編集だ。その本の中に、「飛び降り」と「幽霊」と…

【書評】トルーマン・カポーティ/無頭の鷹――雨乞いの神の子たち

雨は降らないかな? ニューヨークの街角に店を出している花屋の屋台に群がる女の子たち、彼女らが空を仰いで雨を乞う場面が象徴しているように、トルーマン・カポーティの短編小説「無頭の鷹」は、都会を灰色に染める雨を巡る小説といっても過言ではない。雨…

【書評】前川麻子/パレット

前川麻子という作家は不思議な作家だ。人類が誕生して以来、多くの人間が考え続けてきた男女関係という摩訶不思議な関係を、時には淫靡な、時には淡々とした官能小説という形で私たちに提示する。その官能小説群は驚くほど淫らだが、単純にポルノとして読む…

【エッセー】トルーマン・カポーティ「無頭の鷹」を読んで

トルーマン・カポーティーといえば『冷血』や『ティファニーで朝食を』などの小説が有名だろうか。もしくは、アラバマを舞台にほのぼのとした日常を綴った小説群を好む読者も多いかもしれない。しかし、私は彼のデビュー作である短編小説「ミリアム」を始め…

【書評】異人娼館の怪異/檀原照和

檀原照和氏の少々面白可笑しく、そして、少々妖しいこのノンフィクションを読んで、まず私が思い浮かべたのは、2005年に行われた通称「バイバイ作戦」、つまり、あの黄金町ちょんの間一掃の様子である。当時の私は黄金町に程近い若葉町という少々危ない場所…

【書評】トニオ・クレエゲル/トオマス・マン

トオマス・マンのそう長くはないこの小説の中には、一人の人間が如何に文学を志すようになり、文学を志す人間が如何にそうではない人間と相まみえないか、しかし、どれほど平凡に生きることに憧れそれらを愛しているか、つまり、如何に俗人であるかがすべて…

【書評】再起動せよと雑誌はいう/仲俣暁生

始めに断っておくが、私は本書が想定するところの問題に関して決して本書の良き読者ではない。現時点で定期的に購読している雑誌は皆無だし、雑誌の流通全盛期だった80年代から90年代半ばについても雑誌の虜というわけではなかった。思春期あたりでは音楽雑…