【書評】無頭の鷹――雨乞いの神の子たち

雨は降らないかな? ニューヨークの街角に店を出している花屋の屋台に群がる女の子たち、彼女らが空を仰いで雨を乞う場面が象徴しているように、トルーマン・カポーティの短編小説「無頭の鷹」は、都会を灰色に染める雨を巡る小説といっても過言ではない。雨…

【エッセー】死者の幻影と記憶

父方の祖父が他界したのは、確か、七年前だったと記憶している。 当時、私は神奈川県川崎市にある古臭いシェアハウスの四畳半の部屋に住み、渋谷にあるおっぱいパブのボーイをしていた。当然だが、求人雑誌にはおっぱいパブなどとは書かれておらず、私はてっ…

【詩】◯の音

遠くインドの広場では、シタールの風にあわせてタブラ奏者の手が機械へとその傍では恋人たちが踊り出し、彼の視線の先には恋焦がれる透明なあの娘の姿がタンタン、タタタタ、タンタン、タ◯タタタタタタ、タタッタ、タタ◯タ、タンタン◯はタブラ奏者の魔法の打…

【エッセー】長崎原爆の日、キリスト教のアンチノミー

私の故郷、山口県周南市(旧徳山市)では、8月6日の午前8時15分と8月9日の午前11時02分にサイレンが鳴り響く。これがいつ始まったのかは知らないし、他の市町村で同じようにサイレンが鳴り響くのかどうかも知らない。それでも、私はものごころついたときには…

【エッセー】真夏の熱さと閃光、そして老婆の思い出

路面電車から見える窓外を現代的な都市の風景が流れていく。私はふと流れているのは自分なのではないかと思案するが、もう一度考え直してみると、まったくそのとおりなのだった。たとえば、今、コンビニ前で煙草を吸っている男性がいる。彼は瞬く間に流れて…

【論考】安保法案、そして革命、《宏大な共生感》へ

《宏大な共生感》という希望のジレンマ 大江健三郎は1959年に刊行された小説、『われらの時代』の中で、《宏大な共生感》という言葉を多用している。それは、主人公の南靖男によってこのように述懐される 希望、それはわれわれ日本の若い青年にとって、抽象…

【エッセー】山口連続殺人放火事件に想うこと

2013年7月21日に起こった周南市金峰(みたけ)連続殺人放火事件、俗にいう、山口連続殺人放火事件の判決が、2015年7月29日に山口地裁で下った。結果からいうと、保見光成被告には死刑判決が下されたわけだが、それは、おそらく、多くの人が予想していたとお…

【論考】世間からの逃走、観光客、そして記憶

はじめに 正宗白鳥は明治41年に発表された代表作『何処へ』の小説内で、世間という言葉と、社会という言葉を併用している。明治10年に社会という言葉がSocietyの訳語として充てがわれて約30年経過した後にである。この一例だけで明治以来の作家たちの混乱を…

【映画】カニバル、ISIS処刑動画について

はじめに 映画「カニバル」はマヌエル・マルティン・クエンカ監督によって製作され、 2014年5月に日本で公開された。カニバリズム映画といえば、サイコパスによる猟奇的でグロテスクな映像、例えば、人肉を切り刻む、人体の内蔵の露出、多量の流血、等々を想…

【映画】パリ、テキサス

あらすじ 冒頭、赤いキャップに髭面の男が砂漠を歩いているシーンからこの映画は始まる。男の名前はトラヴィス。四年前には美しい妻ジェーンと息子ハンターを持つ父親だった。しかし、トラヴィスは妻と息子を捨て、失踪してしまう。妻のジェーンはハンターを…

【ショート・ショート】ミニチュアダックスフンド

私は近所のペットショップで一目惚れし、生涯のパートナーにすることを決めたミニチュアダックスフンドの雌を胸に抱きかかえて通路を歩いている。リリー、マンションへ帰ったらおやつが待っているよ、と顔中を撫で回しながら、エレベーターを上昇していく。…

【ショート・ショート】孤独な宇宙遊泳

新幹線が広島駅に到着する直前、私は異変に気づき、読んでいたN・コールダーの『アインシュタインの宇宙』を閉じる。私は東京行き上りの指定席、四号車の窓際に座り、車両の前方から中程までが順々に宙に浮かんでいくのを見ている。宙に浮いた車両は右側にく…

【ショート・ショート】色彩のない世界で

私は透明になったような心地で、古ぼけた飲食店の白いテラスにひとり座っている。通りを行き交う雑多な人たちを眺めながら、遠くまで来たのだな、とひとり言をいう。青い道路標識の漢字表記や人々の話し声から、おそらく、ここは私の故郷ではないのだろう。…

【ショート・ショート】メリーゴーランド

私は丘の上にある緑の草原に寝転んでいる。ときどき、空色を真似た青い風が、緑の匂いをたっぷりと私の鼻孔に届けてくれる。その匂いをすうっと嗅ぐたびに、浅い眠りに誘われたような白昼夢が、まるで青草を反芻する草食動物たちのように、私に届けられる。…

【ショート・ショート】カプチーノの苦味

ビルの二階にあるカフェ店内の窓から見上げる灰色の空は、今にも雨が降り出しそうな予感を漂わせている。ランチタイムを外れているため、店内には私ひとりしかいない。アンティークな家具を出鱈目に並べながらも、不思議な統一感で優しい雰囲気を醸し出して…

【書評】前川麻子/パレット

前川麻子という作家は不思議な作家だ。人類が誕生して以来、多くの人間が考え続けてきた男女関係という摩訶不思議な関係を、時には淫靡な、時には淡々とした官能小説という形で私たちに提示する。その官能小説群は驚くほど淫らだが、単純にポルノとして読む…

【エッセー】私がいなくなった後の世界で

私たちが生きている世界は常に誰かがいなくなった後の世界である。最も多くの人間が死んだ戦争、第二次世界大戦では全世界で民間人を含めた8500万の人々が死んだという統計がある。そして、今この瞬間にも世界のどこかでは様々な理由、複雑で、理不尽で、暴…

【エッセー】トルーマン・カポーティ「無頭の鷹」を読んで

トルーマン・カポーティーといえば『冷血』や『ティファニーで朝食を』などの小説が有名だろうか。もしくは、アラバマを舞台にほのぼのとした日常を綴った小説群を好む読者も多いかもしれない。しかし、私は彼のデビュー作である短編小説「ミリアム」を始め…

【エッセー】思い出は優し

例えば、今現在を剥ぎ取られた男とはどういう存在だろう。過去しかない男。当然、彼がすがりつけるのは記憶だけだ。記憶を思い出と言い換えてもいい。彼にとって思い出は常に優しい。思い出だけが常に優しい。そして、これはアンチノミーになるが、今現在を…

【エッセー】街路樹

四時間も待たされた後だった。もちろん、明子からはそれまでに次々と遅刻を知らせるメールは受け取っていた。でも、僕はそんな理由なんて信じていなく、最後の方はメールすら確認しなかった。僕はさっきまで見ていた昨夜の夢の続きから醒め、街中を見回した…

【エッセー】最後のキス

山下公園の近くにアマゾンクラブというレストランがあった。ゼロ年代前半の頃だ。今あるのかは知らない。そこは倉庫のような造りになっており、一見さんはなかなか見つけることができない店だった。その内部にも様々な仕掛けがあり、初めて訪れる人はまるで…

【エッセー】躊躇と「介護入門」

昔、風俗の店員をやっていた頃、姉妹店にのりこという源氏名の女がいた。多くの風俗店は新人の女の子が入るとすぐに辞めさせないために姉妹店の男性従業員をこっそり客として出向かせることがある。私はのりこが姉妹店に入店したときにすぐさまその店に本指…

【エッセー】死について

まずはじめに、無があった。と書くと語弊がある。無を存在させてしまうからだ。ビックバンは無から生じたのではない。無さえ存在しないところへ生じたのだ。それ以前に何があったのかは定かではない。ビックバン時のそのエネルギーは膨張し続け、現在に至る…

【エッセー】河ちゃんのこと

その売人は河ちゃんと呼ばれていた。金髪に染めた短い髪をツンと立たせ、ブルーハーツの曲をよく口ずさむことからおそらくはそのあだ名がついたのだと思う。河ちゃんはタクシードライバーでもあり、実際にそのタクシー内では常にブルーハーツの1001のバイオ…

【書評】異人娼館の怪異/檀原照和

檀原照和氏の少々面白可笑しく、そして、少々妖しいこのノンフィクションを読んで、まず私が思い浮かべたのは、2005年に行われた通称「バイバイ作戦」、つまり、あの黄金町ちょんの間一掃の様子である。当時の私は黄金町に程近い若葉町という少々危ない場所…

【エッセー】ポーの詩集を日本語で読む中国人女性

伊勢佐木町の隣の通りにある若葉町という町に住んでいた頃、友人の中国人女性である海晴がマッサージ店の呼び込みの仕事をしていたから、私は深夜によく長者町の通りのガードレールに座ってポーの詩集を読んでいた。詩集を読むのに飽きると、手持ち無沙汰に…

【エッセー】タクシードライバー

伊勢佐木町でぶらぶらと遊んで暮らしていた頃、桜木町にあった飲み屋によく通った。伊勢佐木町から桜木町までは歩いて数分の距離であり、散歩にはうってつけなのだが、その頃の私は馬鹿みたいにタクシーを利用していて、また、タクシーに乗るのが好きだった…

【ノート】幻聴のこと

以前書いたふたつの雑記をまとめました。 幻聴は内的発話の変形であるから他者に伝達することができない。普通、内的発話においては「~と自分は思った」となるのが、幻聴においては「~が~と言った」となる。そうなると、他者に伝達するためには「~が」の…

【音楽】真島昌利 - チェインギャング

チェインギャング - YouTube THE BLUE HEARTSのギタリスト、真島昌利のソロに「チェインギャング」という素晴らしい曲があるのはファンなら誰でも知っていることだろう。この曲の歌詞に以下のような一節がある。 生きているっていうことはカッコ悪いかもしれ…

【ショート・ショート】小人になった男

私は小人になった男がテーブルの上を歩き回るのを見ている。小人になった男は煙草のフィルターほどになった足をばたばたと動かしながら、私が耳を凝らしてようやっと聞き取れるような極小さな声で何か喚き立てている。小人になった男はおそらく賭けに負けて…