【音楽】尾崎豊/永遠の胸

印象的なギターソロから始まる尾崎豊の「永遠の胸」は、1990年にリリースされた20代の尾崎豊の集大成ともいえる二枚組アルバム『BIRTH』に収められている楽曲である。7分47秒という楽曲の長さもさることながら、その雄大なメロディーラインと、少しの切実さ…

【音楽】中島みゆき/時刻表

中島みゆきの楽曲群の中に、ひっそりと佇んでいる名曲がある。「時刻表」という曲だ。中島みゆきの歌声もどこか淋しげではあるが、ありふれた人間像を歌いながら、自身もまたありふれた人間のようである歌い手の絶望的な淋しさが木霊するような曲である。サ…

【書評】「飛び降り」「幽霊」――『セックスの哀しみ』より/バリー・ユアグロー

はじめに 超短編の名手、バリー・ユアグローの著書に『セックスの哀しみ』という超短編集がある。セックスに纏わる人間の悲哀を、ときには直截的に、ときには隠喩的に、ユーモラスに描いてみせる、そんな超短編集だ。その本の中に、「飛び降り」と「幽霊」と…

【エッセー】真夜中のプールと青春と自由であること

村上龍の処女作、『限りなく透明に近いブルー』の中に、主人公である僕とリリーがラリった状態で、雷雨の中のトマト畑を這いつくばるシーンがある。二人はラリっているため、トマトを爆弾だと言い張ったり、トマト畑を海と錯覚したりする。このシーンは、ド…

【映画】イヌミチ

はじめに 2014年3月に公開された万田邦敏監督の映画「イヌミチ」は、セックスシーンのないロマンポルノという謳い文句のとおり、イヌと飼い主という主従関係を、サディストとマゾヒストの関係性に置き換えた、観念的なセックスをテーマとした映画である。た…

【即興詩】水平線のあっち側

水平線のあっち側に果てがあると信じていた頃、 僕の意識はまだ海とおなじで、波間をゆったりと泳ぎながら、 しきりに砂浜の両親を振り返る。 クロールであっち側の果てまで泳いでいけると、 僕の身体、意識、太陽、それら全部が海だった。 やがて、海の底に…

【映画】共謀者

はじめに 黒幕がごく自然な登場人物を演じながらも、最後にその正体を露わにして、それまでの過程を覆すという手法は、名作「ユージュアル・サスペクツ」を持ち出すまでもなく、サスペンス映画ではよくあることだ。さらに、アウトローな犯罪者が義理と人情に…

【エッセー】人生の黄昏において

人生の黄昏を知った人間は、名残惜しいような諦念と、覚悟の間で揺れ動く。生への名残惜しさとは、彼が人生において何を行為したか、何を獲得したか、つまり、彼の記憶に残存している何に未練があるかではなく、彼が何を行為できなかったか、何を獲得できな…

【映画】嘆きのピエタ

韓流ブームと韓国映画 2004年に日本で放映された韓国ドラマ「冬のソナタ」は絶大な人気を博し、その後の韓流ブームの発端となった。とりわけ、主演俳優のペ・ヨンジュンは、数多くの熱烈な女性ファンを日本各地に生みだし、「ヨン様ブーム」という社会現象に…

【エッセー】昭和の終焉までに

母方の祖母が他界したのは、確か、五年前だったと思う。亡くなるまでの入院期間が長すぎたため、その死はどこかあっけなく感じられた。実際、祖母の死に目に立ち会えたのは、親族のうち、ニ、三人だった。あの日のことを少しばかり思い出すと、私はちょうど…

【詩】ウシガエル君

幼少の頃、僕は友人たちが牛蛙の肛門に爆竹を挿入して点火するのを見ていた。誰かが点火した後、導火線を火が伝っていく。その時間は、僕の話し声が僕の耳に伝わる、マ、ほどにもどかしい。ようやく、牛蛙は破裂したけれど、僕はその瞬間を目撃し損なってい…

【書評】トルーマン・カポーティ/無頭の鷹――雨乞いの神の子たち

雨は降らないかな? ニューヨークの街角に店を出している花屋の屋台に群がる女の子たち、彼女らが空を仰いで雨を乞う場面が象徴しているように、トルーマン・カポーティの短編小説「無頭の鷹」は、都会を灰色に染める雨を巡る小説といっても過言ではない。雨…

【エッセー】死者の幻影と記憶

父方の祖父が他界したのは、確か、七年前だったと記憶している。 当時、私は神奈川県川崎市にある古臭いシェアハウスの四畳半の部屋に住み、渋谷にあるおっぱいパブのボーイをしていた。当然だが、求人雑誌にはおっぱいパブなどとは書かれておらず、私はてっ…

【詩】◯の音

遠くインドの広場では、シタールの風にあわせてタブラ奏者の手が機械へとその傍では恋人たちが踊り出し、彼の視線の先には恋焦がれる透明なあの娘の姿がタンタン、タタタタ、タンタン、タ◯タタタタタタ、タタッタ、タタ◯タ、タンタン◯はタブラ奏者の魔法の打…

【エッセー】長崎原爆の日、キリスト教のアンチノミー

私の故郷、山口県周南市(旧徳山市)では、8月6日の午前8時15分と8月9日の午前11時02分にサイレンが鳴り響く。これがいつ始まったのかは知らないし、他の市町村で同じようにサイレンが鳴り響くのかどうかも知らない。それでも、私はものごころついたときには…

【エッセー】真夏の熱さと閃光、そして老婆の思い出

路面電車から見える窓外を現代的な都市の風景が流れていく。私はふと流れているのは自分なのではないかと思案するが、もう一度考え直してみると、まったくそのとおりなのだった。たとえば、今、コンビニ前で煙草を吸っている男性がいる。彼は瞬く間に流れて…

【論考】安保法案、そして革命、《宏大な共生感》へ

《宏大な共生感》という希望のジレンマ 大江健三郎は1959年に刊行された小説、『われらの時代』の中で、《宏大な共生感》という言葉を多用している。それは、主人公の南靖男によってこのように述懐される 希望、それはわれわれ日本の若い青年にとって、抽象…

【エッセー】山口連続殺人放火事件に想うこと

2013年7月21日に起こった周南市金峰(みたけ)連続殺人放火事件、俗にいう、山口連続殺人放火事件の判決が、2015年7月29日に山口地裁で下った。結果からいうと、保見光成被告には死刑判決が下されたわけだが、それは、おそらく、多くの人が予想していたとお…

【論考】世間からの逃走、観光客、そして記憶

はじめに 正宗白鳥は明治41年に発表された代表作『何処へ』の小説内で、世間という言葉と、社会という言葉を併用している。明治10年に社会という言葉がSocietyの訳語として充てがわれて約30年経過した後にである。この一例だけで明治以来の作家たちの混乱を…

【映画】カニバル、ISIS処刑動画について

はじめに 映画「カニバル」はマヌエル・マルティン・クエンカ監督によって製作され、 2014年5月に日本で公開された。カニバリズム映画といえば、サイコパスによる猟奇的でグロテスクな映像、例えば、人肉を切り刻む、人体の内蔵の露出、多量の流血、等々を想…

【映画】パリ、テキサス

あらすじ 冒頭、赤いキャップに髭面の男が砂漠を歩いているシーンからこの映画は始まる。男の名前はトラヴィス。四年前には美しい妻ジェーンと息子ハンターを持つ父親だった。しかし、トラヴィスは妻と息子を捨て、失踪してしまう。妻のジェーンはハンターを…

【書評】前川麻子/パレット

前川麻子という作家は不思議な作家だ。人類が誕生して以来、多くの人間が考え続けてきた男女関係という摩訶不思議な関係を、時には淫靡な、時には淡々とした官能小説という形で私たちに提示する。その官能小説群は驚くほど淫らだが、単純にポルノとして読む…

【エッセー】私がいなくなった後の世界で

私たちが生きている世界は常に誰かがいなくなった後の世界である。最も多くの人間が死んだ戦争、第二次世界大戦では全世界で民間人を含めた8500万の人々が死んだという統計がある。そして、今この瞬間にも世界のどこかでは様々な理由、複雑で、理不尽で、暴…

【エッセー】トルーマン・カポーティ「無頭の鷹」を読んで

トルーマン・カポーティーといえば『冷血』や『ティファニーで朝食を』などの小説が有名だろうか。もしくは、アラバマを舞台にほのぼのとした日常を綴った小説群を好む読者も多いかもしれない。しかし、私は彼のデビュー作である短編小説「ミリアム」を始め…

【エッセー】思い出は優し

例えば、今現在を剥ぎ取られた男とはどういう存在だろう。過去しかない男。当然、彼がすがりつけるのは記憶だけだ。記憶を思い出と言い換えてもいい。彼にとって思い出は常に優しい。思い出だけが常に優しい。そして、これはアンチノミーになるが、今現在を…

【エッセー】街路樹

四時間も待たされた後だった。もちろん、明子からはそれまでに次々と遅刻を知らせるメールは受け取っていた。でも、僕はそんな理由なんて信じていなく、最後の方はメールすら確認しなかった。僕はさっきまで見ていた昨夜の夢の続きから醒め、街中を見回した…

【エッセー】最後のキス

山下公園の近くにアマゾンクラブというレストランがあった。ゼロ年代前半の頃だ。今あるのかは知らない。そこは倉庫のような造りになっており、一見さんはなかなか見つけることができない店だった。その内部にも様々な仕掛けがあり、初めて訪れる人はまるで…

【エッセー】躊躇と「介護入門」

昔、風俗の店員をやっていた頃、姉妹店にのりこという源氏名の女がいた。多くの風俗店は新人の女の子が入るとすぐに辞めさせないために姉妹店の男性従業員をこっそり客として出向かせることがある。私はのりこが姉妹店に入店したときにすぐさまその店に本指…

【エッセー】死について

まずはじめに、無があった。と書くと語弊がある。無を存在させてしまうからだ。ビックバンは無から生じたのではない。無さえ存在しないところへ生じたのだ。それ以前に何があったのかは定かではない。ビックバン時のそのエネルギーは膨張し続け、現在に至る…

【エッセー】河ちゃんのこと

その売人は河ちゃんと呼ばれていた。金髪に染めた短い髪をツンと立たせ、ブルーハーツの曲をよく口ずさむことからおそらくはそのあだ名がついたのだと思う。河ちゃんはタクシードライバーでもあり、実際にそのタクシー内では常にブルーハーツの1001のバイオ…