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【エッセー】中国人の女

エッセイ

   もう随分前の話になるが、その夜、十年来の友人である中国人女性が経営するパブに招かれて、長居し、ウィスキーのボトルを一本空けた。店は恐らく前身のキャバクラを改装したのであろう、煌びやか過ぎず、暗澹過ぎず、日本によくあるタイプの安価なパブといった程度の店だった。日本人経営のキャバクラと違うのは、コンパニオンが全員中国人女性ということだけだ。皆、セクシーなチャイナドレスを着ているが、どこか垢抜けない。そんな印象を受けた。色んな女の子と会話をしたが、ほとんどの女の子が福建省というあまりぱっとしない地域の出身であった。最後の一時間くらいだろうか、皆からママと呼ばれる私の友人と昔話など冗談を言い合って、明け方に店を後にしたのだった。

   私はかなり酔っ払って店を出た。ふらふらの足取りで福富町から日の出町を通って、桜木町へと一人歩いていた。ふらふらではあったが、意外と意識ははっきりしていて、かつて何度も何度も歩いたその道で「お兄さん、マッサージいかが?」という中国人女性たちの馴れ馴れしい呼びかけを聞き流しながら、幾ばくかの懐かしさと共に既視感を持って歩いた。十年前、伊勢佐木町に住んでいた頃、海晴と初めて出会ったのもこの道だった。

   その冬、私は二十七歳で、仕事を辞めたばかりだったと思う。自らの意志で社会を離れ、諸々の人間関係を断ったことで身辺は幾分軽くなったが、人生は随分とややこしくなり始めた頃であり、そして私は独りきりだった。人間存在とは矛盾そのものだと言い切ってしまえば話は簡単だが、私は自らの意志で孤独を選択しておきながら、圧倒的な孤独感に苛まれるという矛盾を体現していたのである。誰も自分のことを知らない伊勢佐木町という街において、孤独と共に、私はひたすら深夜の街を歩いた。陽光から切り離された一塊の人間たちが、真夜中の繁華街というまやかしのなかで活動する様は、昼の光を一度切り離してみることではじめて知ることができる類の事柄だろう。明け方近くになると人々もまばらになり、束の間、街には静寂が訪れる。立ち並ぶビルディングはまだその姿をひっそりと闇の中に隠している。しかし、徐々に陽が上り始めた頃、濃青の空といまだ陽の目をみない黒いビルディングとの境界に、一瞬、くっきりとした一本の濃いラインが現れる。それは、本当に束の間の現象であり、夜の闇の中で生きることを決めた人間たちだけに用意された虹のようなものなのかもしれない。

   いつものようにその夜もほろ酔いで、伊勢佐木町から日の出町へと続く道を歩いていると、「お兄さん、マッサージいかが?」という声が聞こえた。正直、その類の中国人女性にうんざりしていた私は邪険な顔をして通り過ぎようとした。しかし、何かが私を振り向かせた。多分、少しばかりの用心深さを感じさせる女の声のか細さだったように思う。私は振り返り、その中国人女性の顔を見た。可愛い女だなと思った。私は声を掛け、名前と歳を訊いた。女は何も喋らず、ただ首を振っただけだった。酔っていた私は大胆になっており、女の肩まで抱いた。しかし、女は私の手を離れ、「あなた怖い人(?)」と疑問符付きとも思える言葉を残し、どこかへ歩いて行ってしまった。その日以来、私はその通りを毎晩歩いた。女がいる日もあったし、いない日もあった。私は酔っている日もあったし、素面の日もあった。女と出会う度にちょっとした会話を少しずつするようになった。そんな風に少しずつ会話を重ねることで、徐々にお互いが打ち解けていき、やがては時々一緒に食事をする仲にまでなった。女は海晴という名前で、二十五歳、北京出身であり、日本へ来て間もなく、当時は日本語学校へ通いながら夜にマッサージの呼び込みの仕事をしているということであった。私は訊こうか訊くまいか迷ったが、「君もマッサージをするの?」と訊いた。海晴はマッサージはしないということだった。その言葉はなぜか私を安堵させた。

   あれから十年の歳月が流れた。私自身にも色んなことがあったし、海晴にも色んなことがあったのだと思う。しかし、気付いてみれば、海晴は私にとって二番目に長い付き合いの友人になっている。基本的に、私は男女間において友人関係はそれほど長く続くものではないと思って生きている。恋愛感情が邪魔をするし、それが叶わないとなるとどちらかが必ず関係に飽きるからだ。そんな風にして徐々に疎遠になっていく。しかし、海晴とはなぜか十年間も友人関係が続いている。私にとってこれは驚きだが、もしかすると、海晴が外国人であるということも関係があるのかもしれない。それはよく分からない。十年間というのは本当に長い歳月だとしみじみ思う。色んなことが変化してもおかしくないし、実際、色んなことが変化したのだ。あの冬の夜、「あなた怖い人」と私の手を離れて行った若い中国人の女が、今では三十五歳になり、ママと呼ばれ、店の顔になっている。異国の地で、逞しく生きる中国人女性たちと、友人である海晴に今改めて敬意を抱くのだった。そして、今度、海晴に会うことがあれば、君もあの虹を見たことがあるか、と尋ねてみようと思っている。

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