【エッセイ】酔っぱらいの朝にて

 ブラックニッカの小瓶に直に口をつけて一人ちびちびとやっていたらこんな時間になってしまった。ヘッドフォンを耳にあてて「Led Zeppelin Ⅱ」をオートリピートで聴いていた。ずっと聴いていた。ジミー・ペイジのギターは人をアホにする。あれは麻薬だ。終わりの観念を消すための音だ。永遠に終わらない現在。まさにアホだ。窓の外はもうすっかり明るい。しかし、雨だ。窓下の国道一号線をひっきりなしに往来する無数の車走音に混ざって微かな雨音が聞こえる。

 酔っ払いの朝は雨くらいが丁度いい。酔っ払いの朝に夏の太陽は酷だ。眩しすぎる。盲人に目を開けと言っているようなものだ。できればこのまま暗闇の中へ逝ってしまいたいが、眠気が全くない。困ったものだ。シャワーを浴びよう。昨夜はシャワーを浴びなかった。体中が汗ばんでいて湿っぽい。歯も磨こう。酒臭い。酔いは醒めないだろう。地下鉄の電車に乗って街へ出ようか。スーツでも着て通勤者の真似事でもしてみようか。馬鹿馬鹿しい。散歩をしよう。二十分ほど歩いて横浜駅西口まで行こう。通勤途中の女性を一人残らず全員眺めよう。美人と不細工を選り分けてその比率でも洗い出そうか。そうだ、この前見かけた浮浪者を見に行こう。あいつ生きてるかな。あいつと俺との間にそれほど差はない。寝る部屋があるかどうかの違いだけだ。そうだな、おまえと俺との間にたいした違いはないんだぜって伝えようか。だから俺の目を見ろって。俺の目を見ろ。目を逸らすな。こっちを見ろ。今の俺は機嫌がいい。