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2011年2月24日、九州電書会にて

雑記

【挨拶】

今日は九州電書会にお招きいただき、とても光栄に思っております。僕のような若輩者の無名物書きがこうやって喋ることに多少違和感がありまして、今日何を話そうかと考えていたのですが、僕は全くの無名物書きですし、知識もろくになくて本当に何も知らない人間なので、今日は皆さんに向かって御託を喋るというよりは、僕という人間を知ってもらおうと、橋本浩という名前と顔を覚えてもらおうと、ある意味営業のようなスタンスでやってみようと思っている次第です。

【作品発表の経緯】

僕が作品を発表できたのはひとえに野知潤一さんのおかげですが、野知さんと出会ったのはTwitterにおいてです。僕は自分の小説を出版社を通さずに発表する場を探していて、そこでTwitter相互フォローしていた野知さんに猛烈に(熱烈に)アピールした感じです。SNSというのは会話してなんぼだと僕は思っているふしがあって、もちろん、情報収集という目的で使う人もいると思うけど、でも、SNSで何度も深い会話を交わした相手と実際に会ったときの感激というのは言葉では言い尽くせないものがあるんですよね。

で、まあ、野知さんとやり取りするようになって、僕の小説を読んでもらったんですが、正直僕は自分の小説を世に出せるとは思っていませんでした。読んだ方は分かると思いますが、世に出すにはまだまだ未熟だと自分では思っていましたし、今もそう思っています。ただ、僕が自分の小説にある程度の手応えのようなものを抱いて、世に出す覚悟を決めたのは、昔からmixiにおいてやり取りしている獨協大学法科大学院教授である湯川益英さんの強い押しがあったからなんです。この方は今でこそ法学者として活躍されている人ですが、若かりし頃には文学を志していて群像新人賞の最終選考まで残ったこともあるそうです。埴谷雄高の弟子をやってらしたらしく、最終的に文学を諦めて法学者への道を歩む決断をしたのは埴谷雄高から「君は文学には向いていないから諦めなさい」と言われたことが大きいそうですが、この湯川益英さんが僕の文章をすごく買ってくれていまして、「どんな形であれ、君の文章は世に出すべきだ」という言葉を掛けてくださったんですね。僕はこの言葉がなければ自分の文章にそれほど自信は持てなかっただろうと思います。

それで野知さんに猛烈なアピールをして作品を発表したわけですが、まあ、皆さんも分かってらっしゃると思いますが、まだまだ電子書籍というのは全く普及していなくて、知人などに「小説を出したんだよ」って話すと、まあ皆祝福してくれるんですが、「電子書籍で」と言うと「え?電子書籍?」となるわけです。この点で、まだまだ紙媒体というのはマジョリティで、はっきり言うと、僕は「小説家としてデビューしました」と人に言うのが恥ずかしいんですね。やっぱり世間的には、大手出版社の文芸誌に応募してそこで新人賞を獲ってデビューという形態がまだまだ世の大勢ですから。実際、そのような形態でのデビューは一応は優れている面はあると思うんです。それは優れた読者による淘汰をうけているという点ですね。実際は色々と裏事情があるみたいで、結構露骨なコネの世界のようですけどね。でも体裁としては文芸誌からのデビューとはそういうことだと思います。それは紙媒体での出版というもののコストを考えると当たり前と言えば当たり前ではありますね。

でも今後の趨勢としては、僕のような作品発表の形態が増えていくだろうと思っています。文芸誌なんて全く売れてないですからね。消えるとは思わないけど、大手出版社も電子書籍への道を虎視眈々と狙っているでしょうから、ひょっとすると文芸誌自体が電子書籍化するんじゃないかなとも思っています。

 【小説を書くということ】

僕は小説を書いていますが、僕自身は決して(多読という意味での)読書家ではないし、読書は趣味でもありません。で、特に小説や文学を愛しているわけでもない。趣味的に小説や文学を愛好する人というのは老人などに結構いまして、僕は別にそれを批判はしませんが、僕自身のことを言えば、僕が若い頃に小説や文学を読み漁ったのは、まあ僕は僕なりに生きるのが困難だと感じていて、小説や文学を読んで「これを探していたんだ、これで生きることができるぞ」というような希望や生きるための切実な言葉を探していたからなんですね。それは趣味的とは全く違うもので、この世界で如何にサバイバルするかという切実な言葉なんですね。だから、大江健三郎中上健次村上龍村上春樹柄谷行人なんかを読んで興奮するんですね。自分と同じことを考えている人がここにいた。僕だけじゃなかったんだ。というように。それが本来の文学のあるべき姿だとは言い切りませんが、本当に生きるのが困難な人間は、趣味的ではなく、そういう風に読書をするだろうと僕は思います。

では、小説や文学を愛してもいない人間がどうして小説を書こうと思ったのかということですが、この世界には色んな芸術、表現がありますが、小説という形でしか表現できない何かがあって、それは阿部和重という作家が『グランドフィナーレ』で芥川賞を獲ったときに選考委員の村上龍が「小説として稚拙な部分はあるが、小説でしか表現できないことに挑んでいるような気がした」と選評していたことと重なるのだけど、僕は人生の早い時期に、自分の表現欲求がその形だということに気付いた。だから自分なりに小説を読み、それは小説の書き方を覚えるような読み方だったと思う。実際に僕が本格的に小説を書こうと思ったのは30歳を過ぎてからなんですが、でも昔からいつかは書いてみたいと思っていたふしはありますね。でも自分に書けるとは思わなかったんで、全く何も書きませんでしたが。30歳を過ぎてようやく何か書けるかもしれないと思い始めて、主にmixi日記で文章の練習をしました。はじめはほとんど色んな人の文章の模倣ですね。実際文章というのは模倣なんですね。オリジナルな文章というのはないと思います。模倣ではあるけれど、やはり、癖などはあるんですね。その癖をどれだけ自覚するかというのが大事だと思うんですが、そのような癖を突き詰めていった果てにその人独特な文体というものが次第にできてくるんだと思います。僕自身はまだまだ独特な文体を持っているとは言えないですね。これからたくさん書いてその果てにいつかはそういうものができればと思っていますが。

どこでもない場所へという掌編というか短編小説は元々は四枚の超掌編小説から始まったんです。とある出版社から四枚で何か書かないかという提案をもらいまして、それで書いたのがラストの部分なんです。結局それはぼつになりましたが、その後その四枚をなんとか広げることはできないかなと考えて、次に15枚程度にしたんです。で、まだ拡大できると思ってあれこれやっているうちに最終的には27枚の短編小説になったんですが、やろうと思えばあれはもっと広げることができる小説だと思います。ただ、あまりやり過ぎると短編小説ではなくなってしまうので27枚で余韻を持たせて終えた感じです。だから僕としてはあの短編小説は結構継ぎ接ぎだらけの文章で不満はかなりあるんです。明日ホテル・カリフォルニアという小説をボイジャーのaltbookから出しますが、読まれた方いると思いますが、とりあえずは短編小説を連作集として五篇程度書くつもりです。それらを書き上げた後で、それらの短編小説を大きな枠組で広げて、200枚程度の長編小説にしたいなという展望を持っています。短編をある程度書いてそれから長編というのは村上春樹がいつもやるパターンなんですが、僕はこのやり方はやり易いなと個人的に思っていますね。元々伊勢佐木町を舞台にした長編を書いていたんですが、今回短編をある程度書くことによって幅が広がるような気がしています。長編では伊勢佐木町という街の歴史をもっと掘り下げるつもりです。ひとつの街の歴史を掘り下げることによって、日本という国が辿ってきた変遷のようなものが浮かび上がってくるような気がしています。

純文学というものを書くのは非常に難しい時代だと思います。まず、現代では純文学といいうものがあまり必要とされていませんね。それは夏目漱石くらいの時代から60年代くらいまでは純文学というのはエリートの自意識を巡るものだったと思うのですが、近代化を終えて、高度経済成長以降自意識というものが大衆に広がっていき、純文学はもはやエリートのものではなくなった。そして、今のネット時代においては自意識を持った大衆が好き放題にネット上で自意識を垂れ流しているのが現状だと思います。だから、過剰な自意識を持ち、苦悩し、生きることが困難な人間が純文学を読んで「これを求めていた、これで生きれるぞ」という、ある意味同類を探していたような面は消えたと思います。今はネットで検索すれば同類はたくさんいます。そういう中でどのような純文学が可能かということを色んな人が考えていると思うし、僕も考えています。

僕自身は小説を書くこととは記憶を組み替えることだと思っています。記憶というのは何も体験したことではなくて、見たり聞いたりしたことを含めたすべてが記憶です。色んな体験をしていないと小説は書けないという人が時々いるんですが、それは違います。見聞きしたことも体験なのですね。突き詰めれば読書も体験なんです。そういう自分自身が体験していないことをいかに自分のこととして語るかというのが小説を書くことだと僕は思っています。

 【電子書籍について】

僕は電子書籍という形で小説を発表したが、僕自身は電子書籍で本を読むことをまだ想定していないんです。やはり紙媒体・紙文化というものは残っていくと思う。ただ、今後端末が普及し、色んな作家が自著を電子書籍として発表することになれば、ビデオテープがいつの間にかDVDになっていたように、DVDがいつの間にか消えて行きそうになっているように、そういう風にいつの間にかという感じで電子書籍へ移行していくのではないかと思っています。ただ、市井の人々(所謂ガラケーを使っている人々)に浸透するのはあと五年はかかるかなあと思います。でも僕としては、電子書籍の黎明期にいち早く自分の作品を出せたことは意義のあることではないかと思っております。

電子書籍という媒体であっても小説というものが変わるわけではないんですね。だから、電子書籍での発表であっても編集者というのは必要だと思うんです。読者からの視点で作家の文章を読める編集者というのは必ず必要です。ただ、今後電子書籍時代になると、編集者というのは出版社の社員ではなくて、フリー編集者という形になると思うんです。自分が手がける小説に対して、作家と同じように印税でお金を受け取るという形になると思います。

最後に、九州電書会というようなこのようなコミュニティーというのはとても意義深いものだと思います。今旬な言葉で言えば、「無縁社会」というのは個人という概念が確立されていない日本において、個人が確立されていないまま、資本によって旧来の共同体が解体されて、それらの共同体からはみだした個(個人)が路頭を彷徨っている状態なんだと僕は思います。日本には個人という概念がないので、はみだした個(個人)の寄る辺がないんですね。僕自身は無縁社会という言葉には批判的なんですが、それは、誰かに看取られて死ぬことが幸せなのか、それともひとりで死んでいくことが不幸なことなのかを誰も知らないからです。誰も死んだことがないですから。ただし、古い共同体が資本によって解体された今、この九州電書会のようなコミュニティーというのはとても重要だと思います。今後は自然発生的ではなく、自分たちの意思で志を共にする者同士が作為的にコミュニティーを作る時代になっていくのではないかなというのが僕の考えです。

 

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