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【書評】異人娼館の怪異/檀原照和

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檀原照和氏の少々面白可笑しく、そして、少々妖しいこのノンフィクションを読んで、まず私が思い浮かべたのは、2005年に行われた通称「バイバイ作戦」、つまり、あの黄金町ちょんの間一掃の様子である。当時の私は黄金町に程近い若葉町という少々危ない場所で元風俗嬢のひものような生活を送っていた。当然無職であり、昼夜を問わずぶらぶらしていたから、黄金町の入り口を24時間体制で警官が警備している様をよく眺めていたものだ。衛生上の理由からちょんの間自体は利用したことがなかったが、冷やかし程度には私娼街を度々練り歩いた経験があるから、その黄金町ちょんの間解体は、ひとつの歴史が終わったのだなと感慨深く思っていた。そしてまた私自身も元風俗嬢の女から解任されたことによって横浜を後にしなければならないという感傷めいた理由から、2005年という年を今懐かしく振り返っている。

上述したように、私は2005年に一旦横浜から姿を消したから、新しく生まれ変わった黄金町を全く知らない。その後、再度横浜の神奈川区に移住してからも、何故か中区周辺には足を運ぶのが躊躇われた。それは私自身の感傷によるものでもあったし、黄金町解体、及び、伊勢佐木町周辺の様変わりもその躊躇いのひとつであった。私は多分、伊勢佐木町を始めとする横浜市中区という街にケリをつけたかったのだろうと思う。その後数年が経ち、過去を振り返るべき歳になった頃、私は檀原照和氏の著書『消えた横浜娼婦たち』に出会った。ぶらぶらと遊んで暮らしていた頃には全く興味のなかった横浜の歴史(敢えて誇るべき歴史と私は言おう)に出会ったのだ。その後、私は伊勢佐木町で体験した事について書き散らすことになるのだが、私の話はここで止めておこう。

実は、このノンフィクションの中でメインに書かれている竜宮美術館、つまり、檀原氏が横浜異人娼館と呼ぶところの妖しげな建物で行われた「百物語」に私も語り部としてお誘いを受けていた。横浜異人娼館が一体どのような建物なのかは知らなかったが、その存在は知っていたから、檀原氏からオファーを受けて私は嬉しく即答で了承したのだった。参加することを決めてから何を話そうかと、その建物のことをネットで調べていると、本文中にもあるように「幽霊が出る」らしいではないか。私は極度に臆病なのでそれを知ると即檀原氏にお断りの連絡を入れた、というのは嘘だが、「百物語」に不参加の連絡を入れた理由は後述することとしよう。しかしながら、本ノンフィクションを読んでいると、文中に度々出てくる怪談後の奇妙な水の滴り、エアコンの電源故障など、本当に不参加を申し出て良かったと思わずにはいられない(ハハハ…)。

話は変わるが、私は川崎市の宮前平にも住んだことがあるから、本文中に出てくる「血流れ坂」、つまり、「うとう坂」の存在はタクシーの運転手から聞いたことがあった。そして、実は、「百物語」ではそれをもじった話をしようと思っていたのである。以下、僭越ながら記すことをお許し願いたい。

 

いつものように坂道を運転して職場に向かってたんです。カーブを曲がってトンネルを抜けて坂を下ってちょっと行ったところのバス停みたいなところで老夫婦が手を挙げてたからどうしたんだろうって思って車を止めて話かけたんです。二人ともすごく上品な身なりをしててどこかのパーティーにでも出るような服装だったんです。車を走らせたら老夫婦はもう後部座席に乗っててあれ?いつ乗せたっけって思ったけど多分僕の記憶がおかしいんだろうと思って天気の話なんかしながら車を走らせてたんです。いつのまにかモーツァルトの話になって僕がカラヤン指揮のベルリンフィル「ハフナー」が好きだって言ったら旦那さんの方がモーツァルトなら「皇帝」が最高傑作だって言ってそしたら奥さんの方がそれはベートーベンだって言い始めて旦那は違うって言い張って口論が始まったんです。やめてほしいなあって思いながら車を運転してたら突然目の前に対向車が来てて「あっ」って僕は言ったけど職場に着いたら老夫婦はもういなくなってて僕がデスクの前に座ったら「おはよう」って同僚が言ってきておかしいなって僕は思いながら「おはよう」って返事をしました。

 

非常に稚拙な話で、不参加にして本当によかったとまたもや思うのだが、横浜異人娼館で行われた「百物語」の当日、私は日の出町に程近い長者町にあるスパ・ニュージャパンというサウナに泊まっていた。長者町というのは胡散臭い人間が多く、サウナという場所柄、窃盗も日常茶飯事だ。私などはそれをも覚悟で素泊まりするのだが、まさか本当に自分が窃盗に会う羽目になるとは思わずにいた。「百物語」の当日、昼過ぎに目を覚まし、温泉に入ったところ、使用済みのパンツがない。当然、使用前のパンツもない。予備のパンツは持ち合わせておらず、結局ノーパンにジーンズを穿くという羽目になったのである。もちろん、それが不参加の原因ではない。今度はなんとiPhoneが不通になっているのである。私は「これは横浜異人娼館に出るアレの仕業かもしれない」と怖くなり、近くのネットカフェから檀原氏にメールで不参加の旨を伝えたのだった。その後分かったことだが、iPhoneの件は何のことはない、ただの料金未払いであった…。

長くなってしまったが、本作は、檀原氏が横浜異人娼館と呼ぶところの竜宮美術館内部がコミカルに描かれていてとても面白く読んだ。そして、横浜が誇る(と敢えて私は言う)私娼たちの歴史を知るには檀原照和氏の著書『消えた横浜娼婦たち』を私は強くお薦めする。そして、最後に、黄金町という非常に特殊な街の変遷を描かれるであろう檀原氏の次作、『黄金町クロニクル』を私は心待ちにしている次第である。

尚、檀原照和氏の「異人娼館の怪異」は『月刊群雛 (GunSu) 2014年 05月号 ~ インディーズ作家を応援するマガジン ~』に寄稿されたノンフィクション短編作品である。

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