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【ショート・ショート】メリーゴーランド

 私は丘の上にある緑の草原に寝転んでいる。ときどき、空色を真似た青い風が、緑の匂いをたっぷりと私の鼻孔に届けてくれる。その匂いをすうっと嗅ぐたびに、浅い眠りに誘われたような白昼夢が、まるで青草を反芻する草食動物たちのように、私に届けられる。私はまるで漫画の吹き出しのように夢を見ているなと満足する。白昼夢は青い風に運ばれて来ては、また遠ざかっていく。憶えている夢もあれば、さっぱり消えてしまった夢もある。私はだんだんとそれが歯がゆくなってくる。そして、記憶している夢をすべて掻き集めて、夢物語を作るアイデアを思いつく。

 まず、斧を手にした木こりのような風貌の白人男が笑顔で私に話しかけてくる。「とてもいい天気だ、気持ちいいだろう?」白人男の流暢な日本語に、一瞬、私は眉をひそめる。でもすぐに、これは夢なのだと思い出し、白人男に向かって「いい気分だね、青い風の匂いが心地いい。木こりかい?」と訊ねてみる。白人男は脂でくすんだ黄色い歯を覗かせて、「はっははは!」と高々とした笑い声だけを残して私のもとを離れて行く。本当に木こりだったのだろう、まるで森の中に入ったときのような木々の匂いを私の鼻孔に残して。

 私は少し肌寒い木陰の下で、樹木に背をもたせ掛けている。生い茂る樹々を見上げると葉々の隙間に微かな青が散乱している。私が腰掛けている樹から少し離れたところにある太い樹に、白いワンピースを着た少女が、隠れるようにして私を見ている。私は笑顔で少女に向かって手を振る。少女は照れくさそうに軽い笑みを浮かべてじっとしている。私は笑みを残したままで、少女に手招きをする。少女はまるで瞬間移動でもしているかのように、樹から樹へと白い残像を羽ばたかせながら、いつの間にか私の目の前に立っている。「森に迷ったのかい?」と私は少女に話しかけてみる。そして、少女の顔を見上げて仰天する。遠くからは識別できなかったその顔は、まるでのっぺらぼうに表情だけがあるよう。笑みを浮かべてはいるが、顔のパーツがひとつも無いのだ。それでも、私はその笑みに安堵し、もう一度訊ねてみる。「森に迷ったのかい?」少女は首を横に振り、白く細い指で「あっちにお姉ちゃんたち」と一言。私はその方向を見て、眩しい光に吸い込まれていく。私の鼻孔には少女のシャンプーの匂いが残っている。

 太陽の光で目を覚ますと、私はまたも丘の上の緑の草原に寝転んでいる。しかし、さっきとはどこか違うことに気づく。そういえば、青い風に運ばれてくる緑の匂いがない。その代わりに、どこからか女性用の香水の匂いが漂って来る。私はふと周囲を見回す。色とりどりのドレスを着た女の子たちが、円を描くように私を囲んでいる。女の子たちは手を繋ぎ合い、スキップしながら私の周囲を回っている。白人もいれば、黒人や黄色人の女の子もいる。女の子たちは麦わら帽子を被っていたり、古い王室の王妃みたいな高貴な帽子や、花冠を黒髪に載せていたりする。そして、皆で「ランランラン、ランランラン」と鼻歌を歌いながら、悠然と香水の匂いを漂わせて、私の周囲をぐるぐる回っている。私はゆったりと腰を上げ、立ち上がる。そして、メリーゴーランドのように回り続ける女の子たちの輪から外に出ようと試みる。そのとき、花冠を黒髪に載せている黄褐色の肌の女の子と向き合う。「外に出たいんだ、そこを開けてくれないかな?」と私はその女の子に向かって言う。しかし、次の瞬間にはもう違う女の子が私の目の前を塞いでいる。私は次々と入れ替わる女の子たちの輪からいつまで経っても出ることができない。そのうちに、私は諦めてしまい、もう一度、緑の草原に寝転がる。私の鼻孔には様々な香水の匂いが漂ってきて、その匂いをふんふんと嗅いでみる。その中のある香水の匂いが、私の中の何かを震わせる。私はさっき青い風が運んで来た、緑の匂いを懐かしがり、鼻孔をひくひくさせる。しかし、それはもう私のもとに届かない。まるで、見たこともない記憶にあと一歩で手が届きそうなまま。

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