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【ショート・ショート】ミニチュアダックスフンド

 私は近所のペットショップで一目惚れし、生涯のパートナーにすることを決めたミニチュアダックスフンドの雌を胸に抱きかかえて通路を歩いている。リリー、マンションへ帰ったらおやつが待っているよ、と顔中を撫で回しながら、エレベーターを上昇していく。部屋の前に着くと鍵のかかっていないドアを開けて、家具がひとつもない、がらんどうのフローリングに寝っ転がる。胸に抱いていたリリーを宙に浮かせたり、また胸元に抱き寄せたりを繰り返す。やがて、リリーが私の顔を舐め回し始める。おやつが欲しいのだな、と私は察する。私は白いクロスの壁に囲まれた部屋を見渡してみる。天井にライトが備え付けてある程度で、どこを探してもリリーのおやつになりそうな物は無い。そうしているうちに、リリーがきゃんきゃんと甲高い声で鳴き始める。どうやらもう我慢できない様子だ。私はある決意を固める。

 私はリリーの口元で右の掌を開いては閉じる動作を繰り返してみる。はじめのうち、リリーは私が何をしているのかを見定めるように、私の右掌と顔へ交互に視線を寄せる。やっと、リリーに私の意図が伝わったのか、リリーは私の右手をぱくりと咥え込む。しかしながら、リリーは私の右手を咀嚼せずに、ひと舐めした後で、ずるずると私自身を飲み込み始める。まず、右手の二の腕までを喉から胃へと飲み込んだのち、次は私の右足を咥え込む。私はまるでバキュームカーに吸い込まれているような心持ちで、奇妙な体勢のまま、賢い女だなと胸の中で呟く。更に、左足を吸い込まれた私は、身体をくの字に折り畳み、女が左手を吸い込んでいくのを心地良く眺めている。女は私にウィンクをすると、最後の晩餐を楽しむように、ゆっくりと私の胴体から頭部を喉の奥深くへと飲み込んでいく。私は女の胃内部にすっぽりと包まれ、漆黒の闇の中で静かに目を閉じる。瞼の裏側で奇妙な後光を浴びながら、私は女の内部で至福に包まれている。やがて、部屋に男が入って来て、女が賃貸契約の話を進めるくぐもった声が聞こえてくる。しかし、私はまるで宇宙そのもののような女の胎内で転生を夢見ながら静かに呼吸し続けている。

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