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【論考】世間からの逃走、観光客、そして記憶

はじめに

 正宗白鳥は明治41年に発表された代表作『何処へ』の小説内で、世間という言葉と、社会という言葉を併用している。明治10年に社会という言葉がSocietyの訳語として充てがわれて約30年経過した後にである。この一例だけで明治以来の作家たちの混乱を言い表そうとは到底考えていないが、私見ではこの混乱は現代においても尚続いているように思われる。

 言うまでもないが、社会というものは主体的な個人に依って立つ。阿部謹也『「世間」論序説』によると「日本でindividualという言葉に〈個人〉という訳語が定着したのは明治17年(1884 年)頃であり、〈社会〉という訳語に遅れること7年であった」という。西欧における個人(自我)の誕生に大きな役割を果たしたのは教会での「告解」である。人びとは司教に罪を告白することで次第に自身の内面を確立し自我を発達させていった。その結果、紆余曲折を経ながらも西欧において主体的な個人が誕生したのである。

 翻って日本の場合はどうだろうか。日本人には主体的な個人はいない、無責任の体系、等々、既に言い尽くされている感はあるが、柄谷行人の『日本的「自然」について』から二箇所ほど引用してみよう。

――自然(じねん)というのは、対象としての自然(しぜん)ではなく、一種の働きとしての自然なんですが、自ずから然らしむることですね。自から成るという、いつの間にかこう成ってしまったんだ、自分の意志ではない、誰が働いたわけではないが、いつの間にかこう成ってしまった、と。そういう言い方になってきますと、どこにも主体がなくて、何か自然というべき働きがあって、その結果としてこう成ったのだ、ということになるわけですね。

――自然(じねん)という概念を考えていきますと、無為の働き、何もないものの働き、ということが出てきます。たとえば日本では、鎌倉時代法然親鸞浄土教と、それに対立するかのように禅宗が出てきています。それらは一見すると、まるで違うふうに見えますね。つまり、禅宗はいわゆる自力で、浄土宗、浄土真宗は他力であるといわれる。後者では、超越者に任せていくこと、超越者に帰依していくこと(南無阿弥陀仏)がいわれていますが、禅宗にはそのようなものはない。ひたすら「空」に向かっていくわけです。

 ここで自然(じねん)とか「空」と呼ばれているものの正体、これこそが世間だと私は考えている。もちろん、西欧にも確固たる個人のない時代はあったし、世間に似たものはあるだろうと思う。ただし、明治期の知識人は個人という概念のないところに社会という訳語だけを充ててしまった。だから阿部謹也は『「世間」論序説』の中で「なぜ世間という訳語を充てなかったのか」と訝しむのだ。

 世間はまるで途切れることのない泡の連続のように日本を覆っており、ある泡から抜け出たと思えた瞬間、私たちは他の泡に絡め取られていることに気づくだろう。私たちはこの窮屈さに耐えるしかないのだろうか。ここでは、世間という見えない共同体から如何に自由になりえるのかを、少しばかり愚考してみたいと思う。

正宗白鳥の小説からみる世間と女性の自立

 正宗白鳥は冒頭に挙げた小説『何処へ』の中で、おそらく、無作為に世間と社会という二つの言葉を併用している。マザーやシスターなど、当時、ハイカラだった言葉も多用されていることを考慮すると、私は、社会という言葉も同様な使われ方をされていたのではないかと、憶測している。主人公の健次が慕っている桂木博士の家で、博士の細君と健次との間に次のような会話がある。

「…つまり貴下を立派にして見たくなったの、私にゃ子供はなし、また此からも出来っこはないでしょう、だから私は歳を取って、何も楽しみがないような気がしてならんから、貴下を自分の子と思って、世の中へ立派な人間として働かせて見たくなったの」
(略)
「貴女は何故そんなことを思いついたんです」
「だって私は女だから、自分で世間へ出て働きも何も出来やしないでしょう、せめて男の子が一人あれば、私の手で理想的に育て上げれば面白いでしょうけれどね」

 おそらく、現代の作家であれば、ここで桂木博士の細君に世間とは言わせないだろう。なぜなら、女性が働くという場合、それは、必然的に社会を指すだろうからである。もちろん、それは女性に限ったことではなく、男性も同じだ。しかしながら、正宗白鳥日露戦争後に東京を舞台に書いたこの小説で、おそらく、社会、つまり、公共という概念を意識していないと思われる(断っておくが、それは正宗白鳥が社会、公共概念を知らなかったということを意味しない)。

 もう一つ例を挙げてみよう。大正5年に書かれた、正宗白鳥の「仮面」という短編小説がある。この小説では、『何処へ』と同じく東京を舞台にしながらも、社会と世間の二語併用はなく、世間という一語で統一されている。この小説内で、主人公の馬越とその妻おつゆの間で交わされる会話を引用してみたい。

「私は歳を取らぬ間に身に藝をつけて置かうと思ひますから、半日だけ學校へやつてください。」と、先日おつゆは熱心に云った。
「何を習ふつもりだい。そして何處の學校へ行かうと思ふのだ。」
「貴下やお母さんが承知して下すつてからでなければ云はれませんわ。貴下からお母さんによくさう云つて下さい。私は我儘で勝手なことをするんぢやないんです。心細くつて仕様がないやうな氣がこの頃するのですもの。自分の身に一人立ちの出来るだけの藝を持つてゐなければ。」
「一人立ちの出來るやうになりたいのかね。」馬越は驚いたが不思議には思はなかつた。「惡い考へぢやないから、思つた通りのことをやつて御覽な。」

 大まかな小説のあらすじは省くが、ここでも女性の労働、一人立ちが問題となっている。おそらく、当時の男性と女性の不平等な地位を鑑みるに、馬越が美術家であることを差し引いても、妻にこのように言われた夫、馬越の胸中は穏やかではいられないだろう。それでなくとも、虚無主義的である美術家の馬越は、この後、破滅へと向かう

 尚、大正5年に発表された正宗白鳥の「仮面」と関係があるのかは定かではないが、下川耿史著『明治・大正家庭史年表』によると、同じく大正5年の1月1日に中央公論社から「婦人公論」が創刊されている。そして、民俗学者柳田國男は、日清戦争後の女性の労働が多様になった様子について、以下のように記している。

女工のみならず産業の異常な発達は、日清戦争以後漸次労働ないし職業婦人の数を増加して行った。女性の労働は金銭上の価値が少なかったために、資本主義は農村婦人の地位を低めたというが、すでに婦人労力の配置は以前にまして非常に拡まったのである。もとは女にもできるという仕事に従事し、それがしだいに女の新聞配達人や牛乳配達人、床屋あるいは最近においては女船長さえも生み、女性の職業戦線は非常に拡大して、事実最近では男の仕事を侵食するという傾向も顕著に感ぜられるようになり、従って独りで家を支えるために働いていた者が、今は二人で働くといういわば二倍の人数をも必要とするようにさえなった」――柳田國男『明治大正史―世相篇』より

世間からの逃走、引き篭もり、SNS

 少し回り道をしたが、私は正宗白鳥という作家が、東京という大都会を舞台にして書いた小説で、社会ではなく、世間という言葉を多用したことを批判的に捉えてはいない。それは、私自身が、現代においても、尚、日本社会という概念に懐疑的だからだ。柳田國男は「街道は自然に住民を遠くへ誘導したと同時にまた意外な他所の人を呼び寄せている。人の移住の計画的になったのは、地理の知識がやや確かになってから後のことで、以前は植物の種子のごとく、偶然に運ばれまたはただ浮動していたものが、落ち着くというのを普通にしていた」と、その著書『明治大正史―世相篇』の中で、ある世間と他の世間とが出会う契機として、街道が果たした役割を論じている。そして、それを後に飛躍的に発展させたのが、田中角栄による「日本列島改造論」だろう。しかし、そのインフラ整備や交通機関の発達は、当初の田中角栄の思惑とは異なり、東京一極集中を招くこととなる。言うまでもなく、地方や田舎の人々は東京へアクセスしやすくなったのである。東京を起点に、その他の大都市、中小地方都市、そしてその周縁の農村部、といった順に、現代においても、旧来の村的な世間は根強く残っていると思われる。

 交通の利便性が増し、遠隔地に故郷を持つ人間同士が都会で出会い、彼らのコミュニケーションがどれほど盛んになろうとも、その場所が閉じた円環になると、そこは新たな世間となってしまう。殊に、日本人はその内部での戯れに長けている。それはそれで構わないとも思う。しかし、その世間的な円環、謂わば、相互監視の窮屈さに耐えられなくなった人間はどうするべきだろうか。正宗白鳥が書いた小説『何処へ』の主人公、健次が逃走したように、円環から他の円環へと逃げ続ける他ないのだろうか。それとも、円環に加わらないように、つまり、他人との交流を避けてひっそりと引き篭もるべきだろうか。

 インターネットの普及は、遠隔地に居住する人間同士のコミュニケーションを発達させた。そこでは、スクリーンに映る文字や動画などを観ながら、もはや空間的に移動する必要もなく、つまり、引き篭もったままの状態で円環に加わることができる。TwitterFacebookなどのSNSはその良い例だろう。しかし、私見では、そこでもクソリプや炎上などによる息苦しさ、世間的な相互監視機能が働いているように思われる。もちろん、それらSNSが息苦しければさっさと退会すればいいだけだ。しかし、近年のスマートフォンの普及はそれをやや難しくさせた。しばしば報道されるように、中高生たちがLINEを用いて閉じた円環を作り始めたからだ。そこには当然ながら新たな世間が出来上がり、その内部では戯れが発生する。その戯れがしだいにエスカレートすると、それは、いじめへと発展していく。義務教育の中高生たちにとっては、学校内の世間がこの世界のほとんどすべてであり、そこからの逃走は非常に難しいだろう。その結果、自殺を選択する中高生も多い。彼らにとっての逃走先は、円環の外部ではなく、この世界の外部、つまり、あの世なのだ。おそらく、それを制止できるのは家族だけだろう。

自然(じねん)、観光客、記憶の消去不可能性

 昭和20年8月15日に終結した太平洋戦争、あるいは、大東亜戦争は、敗戦ではなく終戦と認識されている。一部の論説を除けば(私はその論説を支持したくもあるが)、普通に考えると、日本は戦争に負けてGHQに占領されたのだから、敗戦と認識し、表記するのが妥当だろう。しかし、「終戦の日」に代表されるように、何故か日本では壊滅的な敗戦が終戦という言葉にすり替わり、それが記念的な意義を持っている。当然、それは多数の識者に批判されてはいるが、公には何も変わってはいない。東京裁判(理不尽な裁判という声もあるが)では東條英機を始めとする幾多の戦犯が戦勝国によって裁かれはしたが、昭和天皇は日本国民の象徴として生き続け、昭和は64年間でその幕を閉じた。

 これは既に言い尽くされている感もあるが、日本人は先の戦争で一体誰が主体的な責任をとったのか曖昧なまま、戦後復興、未曾有の高度経済成長へと突き進み、当時では世界第二の経済大国に登りつめた。その後、バブル経済によって日本人は有頂天になり、世界中の顰蹙を買うことになるが、それはあっけなく弾け、日本経済は凋落していく。

 その間に、大都市へ電力を供給するため、主として田舎に多数の原子力発電所が建設されている。原子力発電所を受け入れた自治体は、原発マネーと揶揄される多額の交付金を受け取り、当時は、輝かしい未来の科学として歓迎された。しかし、平成23年3月11日の東日本大震災によって、福島第一原発は未曾有の大事故を起こしてしまう。その原発事故の収束も目処が立っていないまま、日本政府は今後の国策として原発推進を打ち出し、全国各地の稼働停止状態にある原発の再稼働を決めてしまった。そして、その政権を担う与党は先の総選挙で圧倒的な勝利をおさめており、現在は安保法案、所謂、戦争法案を強行に衆院通過させている。

 この頃、「戦後レジームからの脱却」という言葉をよく耳にする。それを提唱した安倍晋三首相を批判している、笠井潔氏/白井聡氏共著『日本劣化論』に書かれてあることも非常によく分かる。しかし、ここで、上記した柄谷行人の引用文内にある自然(じねん)の働きを思い出してみたい。自然(じねん)とは対象物としての自然ではなく、自ずから然らしむるという働きとしての自然、自分の意志でもなく、誰が働いたわけでもなく、主体はどこにもないが、何か自然としての働きがあり、その結果、いつの間にかこう成ってしまったのだ、というものだった。これを受けて、私は、日本という国をその地下深くから、まるでマントルの流動のように動かしているその正体は、実は自然(じねん)、つまり、世間なのではないかと、密かに愚考している(これが非常に拙い愚考であることは分かっている)。すなわち、日本という国で起こる出来事は、常に、「いつの間にかこう成ってしまっているが、結局、それは誰の働きなのか分からない」という顛末に終始するのだ。ここで再度問うが、私たちはその泡の連続のような自然(じねん)としての見えない世間から逃走し続ける他ないのだろうか。あるいは、ひとつの世間に留まり、その窮屈さに耐え続けるべきなのだろうか。

 思想家の東浩紀氏はその著書『弱いつながり』で、村人〈共同体〉、旅人〈他者〉、観光客〈群れ〉という概念を提唱している。この概念の新しさは、旧来、村人〈共同体〉と村人〈共同体〉の間を交通する旅人〈他者〉という、村人〈共同体〉の観点からすれば、旅人〈他者〉を受け入れるか、あるいは、追い出すかという二項対立の中に、観光客〈群れ〉という気ままで身勝手な存在を導入したことにある。観光客的であることによって、私たちは世間〈共同体〉と世間〈共同体〉の間をも、身勝手に、自由気ままに行き来することができるかもしれない。更に、私たちが否応なしに属さざるをえない閉じた円環である、世間という非常に強固な人間関係を、「弱いつながり」に変えることで、泡から泡へと自由気ままに移動することもできるかもしれない。それは、世間という閉じた円環が、私たちに強いる窮屈さからの解放としての希望になりえるだろう。

 しかしながら、決して消えないものもひとつだけある。それは、閉じた円環、世間というしがらみの中で負った傷、つまり、記憶である。

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