【エッセー】山口連続殺人放火事件に想うこと

 2013年7月21日に起こった周南市金峰(みたけ)連続殺人放火事件、俗にいう、山口連続殺人放火事件の判決が、2015年7月29日に山口地裁で下った。結果からいうと、保見光成被告には死刑判決が下されたわけだが、それは、おそらく、多くの人が予想していたとおりの結果だったのではなかろうか。私は裁判を傍聴こそしていないものの、日々、テレビのローカル・ニュースで報道される裁判の過程を、ある意味、絶望的な心地で観ていた。もちろん、5人を殺害し、2軒の放火を起こした保見被告に同情の余地はないだろう。しかし、それでも、この事件と、保見被告が犯行を起こすまでの経緯、そして、裁判の結果は、絶望的としかいいようがない(事件の経緯は先にリンクしたWikipediaで読んでいただきたい)。

 金峰郷という地区へは、私は一度しか足を運んだことがないものの、その景観は典型的な日本の山村過疎地で、周南市(旧徳山市)の市街地へ出るまで車で一時間弱程度かかる。車を運転していると、野生のサルが現れるような長閑な山村で、おそらくは、この事件が起こらなかったならば、多くの人に知られることなく、ひっそりと集落の人々の営みが続いていたのだろうと思う。1994年に発足した「防長の吉野をつくる会」が、毎年、桜フェスタを開催しており、現在は桜の山村としても賑わっているようだ。

 しかしながら、金峰郷地区はまぎれもない限界集落である。今後、日本の地方では幾多の限界集落が生まれ、消滅していくと思われる。もしかすると、金峰郷地区もいつの日か消滅していくのかもしれない。しかし、保見被告による連続殺人放火事件は、そんな小さな過疎集落、謂わば、閉じた共同体の内部を露呈してしまった。断っておくが、私はすべての過疎集落をこの事例に当て嵌めているわけではない。そして、更に、私は金峰郷地区の一人ひとりの人たちは、穏やかで、日本的な叙情に溢れ、とても優しい人たちなのだろうとも思っている。想えば、私の父の実家も島根県の山村であり、そこで幼い頃に触れ合った人たちも、上に書いたような印象深い人たちだった。しかし、小さな過疎集落には、言い換えると、閉じた共同体の内部には、見えない監視カメラ、人間による強い相互監視システムが働いている。保見被告が露呈してしまったものの正体は、世間、それではなかろうか(ここでは世間についての愚考は避けるため、前回書いた『世間からの逃走、観光客、そして記憶』をご笑覧いただきたい)。

 保見被告の裁判の過程をテレビで観ていると、その焦点は、検察も認めた妄想性パーソナリティ障害による責任能力が問われているようだった。弁護側もその観点から保見被告の心神耗弱を訴え、無罪を主張していたように思われる(ここからは、司法に疎い素人の戯言として読んでいただいて構わない)。しかし、5人を殺害し、2棟を放火した殺人放火事件である。保見被告が犯行に及ぶまでの経緯を踏まえても、まず、無罪を勝ち取ることは無理ではなかろうか。そうであれば、犯行を素直に反省し、保見被告が東京から両親の介護のために金峰郷に戻ってきてからの経緯、村落民との軋轢を詳細に報告して(これについては裁判で行われているのかもしれない)、情状酌量による無期懲役刑を勝ち取る弁護の仕方もあったのではないかと、司法に疎い素人の私には思われるのだ。しかし、結局、保見被告には死刑判決が下されてしまった。弁護側は即刻控訴したが、今後、判決が覆ることはないと思われる。日本の田舎、山村の過疎集落を知っている私にとっては、なんとも絶望的にならざるをえない事件、及び、判決だった。

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