【音楽】浜田省吾の左派性にみる80年代日本とアメリカ

 浜田省吾は1952年、広島県竹原市に生まれている。浜田が自身の楽曲に政治色を出し始めたのはアルバム『Home Bound』からだが、所謂、「政治の季節」からすると、浜田は年少派ということになるだろうか。政治的な活動としては、1971年にアメリカが遂行するベトナム戦争に後ろから加担しながらも、広島平和記念式典に出席した佐藤栄作首相の矛盾を糾弾する反対運動に参加している(Wikipediaより)。『Home Bound』以降の政治色を出した楽曲が示しているように、浜田省吾という人物を左派・リベラルと規定してもいいはずだ。ちなみに、Wikipediaによると、浜田の父親は保守思想の持ち主だったらしい。

 1986年にリリースされた『J.Boy』という二枚組のアルバムの中に、「AMERICA」という楽曲がある。浜田省吾というシンガー・ソングライターは、基本的には、少しテンポを遅くしたエイト・ビートの楽曲をもっとも得意とすると私は思っている(例えば、「夏の終わり」等)。意外だが、「遠くへ ~1973年・春・20才~」は、当初、テンポの速いエイト・ビートだった。

 話を戻そう。浜田省吾の「AMERICA」という楽曲はその歌詞を丹念に読めば、高度経済成長期から85年のプラザ合意を克服し、経済成長を邁進する日本とアメリカの両姿が浮かび上がってくる。一例を挙げるならば、トヨタ自動車が80年代後半に、アメリカ人にボコボコにされるニュース映像を観た人は多いはずだ。しかし、トヨタ自動車アメリカに工場を建て、現地のアメリカ人を雇用することでそれを克服した。端的にいえば、「AMERICA」という楽曲の歌詞はそれらの直前、84年に東京を離れてアメリカに渡った日本人の男と、ニューヨークでダンサーになることを夢みていた女の喪失が歌われている。

 男と女はそれぞれの想いを抱いて東京を離れ、アメリカの西海岸に渡った。映画の中のアメリカン・ドリームを夢みて。しかしながら、男は東京を離れて渡航したアメリカ西海岸で、鏡に映った日本人としての自分自身を見る。帰る故郷を喪失した自分自身の姿を。彼はアメリカに居ながらにして、東京に居るままの日本人としての自分自身を見つけてしまった。ここで重要なのは、彼が帰る故郷を喪失していることだ。東京を離れてアメリカに渡航したものの、そこにあったアメリカは、故郷、日本の東京と同じ風景だったのだ。つまり、男にとって、東京とアメリカ西海岸は何も変わらない風景だったわけだ。楽曲のサビ部分で、「We are looking for AMERICA」浜田省吾は歌う。「映画の中のアメリカン・ドリーム」を夢みていた女の喪失とともに。この女の喪失感を比喩的に表現しているのが、モーテルの軋むベッドの上で、「“もっと強く抱いて” と震えてたあの娘」という歌詞だろう。

 1988年に浜田省吾は『FATHER'S SON』という左派的な側面を全面に押し出したアルバムをリリースしている。その中に、「DARKNESS IN THE HEART(少年の夏)」という楽曲がある。浜田は病室で独りきり逝去した父親をその歌詞で書き、その同じ楽曲中で、「車の窓に映ってる 俺の顔彼に似てる」と書いた。このアルバムの一曲目には「BLOOD LINE(フェンスの向こうの星条旗)」があり、その歌詞で浜田は、「Kid's were looking Father 母親には愛し方さえわからず 探してもFather 苛立つだけ」とサビで歌っている。

 広島県竹原市で生れた浜田省吾の父親は、政治的には保守的な人物だった。「DARKNESS IN THE HEART(少年の夏)」では、その父親に左派としての自分自身の姿を重ねた。「BLOOD LINE(フェンスの向こうの星条旗)」では、上述した歌詞で、日本とアメリカを重ねたと思われる。そこで歌われているFatherは、おそらく、アメリカの暗喩だろう。もっといえば、日本における日本人の父親不在としてのFather、言い換えれば、浜田省吾自身の父親不在としてのそれだ。それゆえに、「探してもFather 苛立つだけ」なのだ。そして、「母親」とは、いうまでもなく、故郷としての日本の暗喩である。

 では、浜田省吾は、なぜ、「車の窓に映ってる 俺の顔 彼に似てる」と、自分自身を父親に重ねて歌ったのだろうか。左派・リベラルの浜田が、保守の父親にである。おそらく、ここには保守的であろうとする態度からしか見えてこない80年代日本の姿がある。「AMERICA」という楽曲を思い出してほしい。80年代において、左派・リベラルとしてアメリカを見つめたところで、故郷、東京の風景はアメリカと寸分違わなかったのだ。つまり、浜田が幼い頃に観たであろう、「映画の中のアメリカン・ドリーム」は、80年代には、もはや消え去っており、グローバル資本主義に飲み込まれた世界、殊に、日本とアメリカは、均質的な風景に置き換えられた。その転換点は、もちろん、もっと遡った年代にあるが、それが、風景として前景化したのが、80年代だったのだ。

 浜田省吾という人物を、左派・リベラルと規定することは誤りではないだろう。しかしながら、80年代にリリースされた浜田のアルバムの歌詞には、比喩的な意味での日本とアメリカ、言い換えれば、母親と父親の狭間で引き裂かれた、浜田省吾という人物の葛藤が垣間みえる。そして、私はそこに、80年代の日本人にとっての象徴を見るのだ。あるいは、現代日本人のそれも。

 

AMERICA

AMERICA

  • 浜田 省吾
  • ロック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

music.apple.com

 

BLOOD LINE (フェンスの向こうの星条旗)

BLOOD LINE (フェンスの向こうの星条旗)

  • 浜田 省吾
  • ロック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

music.apple.com

 

DARKNESS IN THE HEART (少年の夏)

DARKNESS IN THE HEART (少年の夏)

  • 浜田 省吾
  • ロック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

music.apple.com