【ショート・ショート】動かないブランコ

 動かないブランコがある。青色だったはずの鉄柱はペンキが錆びており、黄色だったはずの台も同様にほとんどペンキが剥げている。そこに白いワンピースを着た少女が不器用そうに座っている。少女は誰かを待っているのか、ブランコと一体化したかのように動かない。

 私は夕食の買い物に行くため街路を歩きながら、公園を通り過ぎるまで横目で少女とブランコを眺め続けている。隣にはちゃんと動くブランコがあるのに、と思いながら。

 クリスマス前日のためか、街中が色とりどりの人で溢れかえっている。昔流行ったクリスマス・ソングを流す店や、例年通りジングルベルを流す店が混淆しており、それは街の雑踏そのものを表すようだ。ひととき遠い音楽に耳を澄ませていると、私は前を歩く人の踵に躓きそうになり、慌てて意識を元に戻す。そして、一日早いクリスマス晩餐のために、地下街へ向かう。

 妻が他界して以来、私は料理をまったく作らなくなった。食事といえば外食で済ますか、出来合いの惣菜を買うくらいのものだ。それでも、御米だけは炊くように心がけている。妻が健在だった頃は、料理はもっぱら私の役目だった。私は他人に何かを分け与えることが好きだったらしい。妻も友人も亡くなり、私自身老いた今ではそれも在りし日の愉悦だ。

 地下街の惣菜売り場でフライドチキンと赤ワインを買うと、私は急ぎ足で人だかりを後にする。来た道を正確に戻る。夕暮れは既に夕闇へと変わっており、冷たい街灯の色が出番を待っている。公園のあの少女はまだいるだろうか、と思いながら、私はビニール袋を片手に歩を早める。

 白いワンピースの少女は動かないブランコの上に座っていた。隣のブランコが動くことを教えてあげようと思い、私は少女に近づいていった。少女と私の距離が近づくにつれ、私の鼓動は徐々に高鳴っていき、私はふと近づいてくるおじいさんを見上げた。おじいさんは隣のブランコに座って、ビニール袋の中からフライドチキンを取り出し美味しそうにそれを食べ始めた。君も食べるかい、と訊かれて、私はいらないと首を振った。おじいさんは死んだ奥さんのことや、友人たちの話をひとりごとのように呟いていたけれど、急に険しい顔で、こっちのブランコは動くからこっちに乗りなさいと私を促した。

 遠い音楽を聴きながら、私は少女に語りかける。動かないブランコに乗ってはいけないよ、みんないなくなってしまう、動くブランコじゃなきゃならない。