【エッセイ】荒井謙さんのこと

 死者について書くことは難しい。そして、ある意味、不誠実でもある。なぜなら、彼らは既に死んでいるからだ。つまり、彼らはこの文章を読むこともなく、応答することもない。その一方向性は、ときに彼らへの冒涜となる可能性を孕む。生きている者、死の側ではなく、生というこちら側にいる者、つまり、彼らと思い出を共有していると思い込んでいる側の人間が、記憶だけを頼りに彼らについて文章を綴ることの滑稽さ、そして、彼らの応答不可能性ゆえに生じる不誠実さ、これらを踏まえた上で、それでも、彼らについて文章を綴ろうとする傲慢さを恥じながら、私はこれから少しばかり、死者と過ごした記憶の糸を辿ってみたいと思う。もう一度だけ言う。これは、生きている人間の、一方向的な、誤解の可能性を孕む、不誠実な文章である。

 元The Vincentsのボーカルであった荒井謙さんの訃報を知ったとき、私は特別驚くことはなかった。もちろん、一時的に、私も悲しみに暮れたが、謙さんの晩年を知る身にとっては、ついに訪れたか、といった感慨の方が深かった。私の境遇を案じてか、度々、電話をくれた謙さんは常に酔っ払っており、ときには、電話口で嘔吐することもあった。また飲んでいるのだな、と思いつつも、私は酒を止めるように忠告することはしなかった。なぜなら、私もまた、酒浸りの側の人間だったからである。私にとっては、一回りも年の離れた兄貴分の謙さんではあったが、敢えていえば、私たちはよく似た性格だったと思う。どう似ていたのかと問われれば少し言葉に窮すが、私も謙さんも極度に寂しがり屋であり、そして、弱さを抱えていた。その弱さを共有していることを知ったのは、初めて出会い、初めてお互いのことを語り合った新宿御苑でのことだった。

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【エッセイ】男性の突起物について

 アウシュヴィッツガス室へ全裸で連れ込まれるユダヤ人男性たちの写真を評して、男性の突起物というのは物哀しさを誘う、と書いたのは誰だっただろうか。誰が書いたどの本だったかは忘れてしまったが、その文章を読んで以来、私は男性の突起物が引き起こす様々な悲喜劇に、時々、思いを馳せるようになった。言うまでもなく、男性の突起物は生殖器としての機能が遺伝的に付与されており、その限りにおいては、他の動植物の雄と何ら変わりがない。人間の男性もまた、本能によって女性との生殖行為に励むのであり、より優れた子孫を残すために、あの奇妙な突起物が備えられている。

 しかしながら、人間の男性には社会的な規範、つまり、善悪や真偽を判断する理性が植え付けられており、おそらく、この理性こそが、男性の突起物に纏わる様々な悲喜劇の源なのだろうと思う。男性の突起物は(以下、人間という呼称は省く)、その人自身の意思決定でコントロールすることができない。ポール・オースターは『写字室の旅』において、男性自身の意思に反するその突起物を、ビッグ・ショットと揶揄的に表現している。ビッグかスモールかはともかくとして、まるでアルコール中毒者がテキーラのショットを何杯飲んでも止められないように、男性の突起物もまたその人自身の意思で海綿体の充血を止めることができない。

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【詩】白いおばあさんの歌

今日という日の、なんと昏かったこと

明日という日の、なんと薄明がかった蒼きこと

昨日という日の、なんと眩かったこと

ぼくはいったいどの時に在ったことだろう

 

もうよそう、未来礼賛のぼくたちよ

まるで異国の街娼らのため息のように

未来は遙か遠く、ぼくの記憶のうちに既に在って

過去は遠く及び、ぼくの記憶のうちから消え去っていく 

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【詩】黒い通勤者

窓外の空が薄いオレンジ色に変わりはじめる頃、

僕たちは、連なって吊り革をつかむ、黒い通勤者。

一瞬、橋の上に、携帯電話のカメラを空に向けた少女が過ぎり、

黒い通勤者たちと同じように、僕も四角い空を見上げる。

西の果てに沈んでいく途上に、空より濃いオレンジ色のマル。

しばらくすると、電車の轟音とともに、それも過ぎ去っていき、

あの少女はとっくに消えてしまったというのに。

少女のスカートは何色だっただろう、

君も見ただろうか、今このとき、失われてしまった多くのものたちを。

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【エッセイ】コズエちゃんの思い出

 ロラン・バルトが「まなざし」について書いていた本を本棚から引っ張り出そうとしていたとき、ドアのチャイムが鳴った。昨日注文したAmazonからの配達だった。すぐに梱包を破ると、ロラン・バルトの『明るい部屋』が新品のまま、まるで私を責めるようにダンボールに収まっていた。

 私には同じ本を二冊買ってしまう癖が以前からよくある。色んな本を二冊ずつ持っていて、一冊は必ず誰かに譲ってしまう。そうした後で、ようやくその本を読むのだ。

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