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【エッセー】季節はずれの雪から

   三月も下旬を迎えていたその日、とある書類をプリントアウトするため立ち寄ったネットカフェを出ると、季節はずれの雪が舞っていた。思わぬハプニングに私は驚き、咄嗟に空を見上げた。横浜駅西口界隈の賑やかなネオンに映えた白い粉雪は、音を立てず、しかし確かに私の顔に降り注いだ。私はなんだか嬉しくなり、ポケットに両手を入れて大きく息を吸い込みながら地下鉄の駅へとゆったりと歩いたのだった。 

   季節はずれの雪は魔法だっただろうか。本来、あざみ野行きの電車に乗るはずが、何を思ったか、私は反対方向の湘南台行きの電車に乗ってしまった。しかも、私がそれに気付いたのは一駅通過した後、つまり、高島町駅を通過し桜木町駅に到着した時点でのことだった。私は何事もなかったかのように平然とした顔で電車を降り、反対側のホームへと歩いたが、このちょっとした事故に心当たりが全くないわけではなかった。ああ、そういうことかもしれない、と胸の中で呟きながら、地下のホーム上であざみ野行きの電車を待った。

   当時、私は横浜市神奈川区の三ツ沢下町駅近くのマンションに住んでいた。窓下には国道一号線が通っており、そこをひっきりなしに往来する無数の車走行音は、線路にほど近い部屋に住んでいるときのような、あるいは、空港や米軍基地付近で居住しているときのような無遠慮で厚かましい騒音ではなかったが、時々、神経が苛立っているときなどには、鳴り止まないそれは、私に酷く悪態をつかせたものだ。しかし、太陽が沈み、一時的な帰宅ラッシュも一通り終わった頃、国道一号線の両サイドにオレンジ色の街灯が点き始める。そうすると今度は逆に車走行音は不思議な安堵感を私にもたらすのだった。それは、当時、よく流しっぱなしにしていた、スティーリー・ダン「Deacon Blues」の抑制の効いた演奏とボーカルの影響もあったかもしれない。オレンジ色の街灯の下、遠くからヘッドライトが近づいてきて、一瞬間、私の目は車体を捉える。しかし、それは本当に一瞬のことで、次の瞬間には私はもうテールランプを見送っている。彼らは勝手に私に近づいてきては、勝手に私から遠ざかって行く。私はそのような一瞬の交差を安堵感と共に好んだものだった。

   それより七、八年ほど前のことだったと思う。当時の住居とほとんど同じ場所に住み、東京都港区の浜松町で働いていた頃、私は桜木町にあったとあるコーヒーショップの店員と恋愛関係になりかけたことがあった。その頃、私は仕事が終わると毎日のように桜木町へ赴いたものだった。仕事が休みの日も、夕方になると地下鉄の湘南台行きの電車に乗って桜木町のそのコーヒーショップへ出かけた。店内はそれほど広くはなかったが、まだ東急東横線桜木町へ乗り入れていた時分だったから、桜木町界隈は今ほど寂れてはいなく、店もそこそこ繁盛しているようだった。私はそのコーヒーショップでゆっくりとコーヒーを飲みながら本を読み、時折通りかかるその女性とのちょっとした会話を楽しんだ。何度かデートに誘ったこともあったが、女性には旦那がいるということでいつも断わられていたのだった。今振り返ると不思議なことだが、旦那がいると告げられても私は特に嫉妬心を持たなかったような気がする。

   どういうわけだったか、一度だけ、閉店後に桜木町周辺を一緒に歩いたことがある。私たちはどうでもいいような話をしながらあてもなく夜の桜木町駅周辺を歩いた。その女性が好きな場所があるということで、私たちは弁天橋のたもとへ降りた。それほど広くはないが、そこは散歩疲れを癒すちょっとした休憩の場のようになっており、大岡川の淀んだ水が海へと流れ込む河口にベンチが設けられていた。対岸にはあの巨大なビル、ランドマークタワーが聳え立っている。私たちはベンチに座り、ランドマークタワーの灯りを見ながら、数時間、どうでもいいような話をして時間を過ごした。微かに聞こえる波の音と磯の香り、そして、私たちの話し声の他には何もないような時間だった。 

   そのコーヒーショップは今はもうない。もちろん、あの女性ももういない。コーヒーショップがいつ消えてしまったのかを私は知らない。私はいつの間にかそのコーヒーショップへ通うのを止めていた。理由は特にない。多分、忙しかったからだろうと思う。東急東横線桜木町駅がなくなってしまった後、桜木町界隈は随分と寂れてしまったものだが、私は今でも時々横浜へ赴いた折に、その弁天橋のたもとにあるベンチへ行くことがある。別に感傷的になっているわけではない。ただ、小さな波の音を聞き、磯の香りを嗅ぎながら対岸のランドマークタワーを眺めて、あんなこともあったなと、一人回顧するだけである。

 

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