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【エッセー】大津島(馬島)と高松工さんのこと

エッセイ

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瀬戸内海というのは本州と四国に挟まれた内海であり、言い方を換えるならば、四国によって太平洋へと開かれることを阻害された内海であるとも言える。もっと言えば、本州と呼ばれる離島と四国と呼ばれる離島に挟まれた内海であると言うこともできるかもしれない。そういうある意味非常に窮屈な内海に、まるで宇宙に散りばめられた無数の星々のように、無数の小さな離島がひしめきあっている。さながら「島銀河」という呼称がぴったりかもしれない。

そのような瀬戸内海に面した本州の最西端に位置するのが山口県である。山口県には大小三十六の離島があると言われているが、その多くは県央部からやや東よりの地域に点在している。おそらく、これはかつて本州と四国が陸続きだったことから、そのような形態になったのではないかと思われる。つまり、本州と四国が長い年月をかけて離れていく過程において、この地域の離島たちはどちらに属すこともなく、取り残されたのかもしれない。あるいは、どちらに属すこともなく自己の個別性を保ったのだという言い方もできるかもしれない。いずれにせよ、そういう歴史の過程の後に、今、我々は美しい離島群を眺望できるのだ。

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大津島で最も有名なのはおそらく太平洋戦争末期に考案された特攻兵器である人間魚雷回天の訓練基地跡、及び、回天記念館であろう。回天にまつわる遺跡はほぼすべてが馬島地区に現存しており、徳山港から定期便として運航されている「フェリー新大津島」と旅客船「鼓海Ⅱ」に乗って馬島港へと渡島すれば、それほど時間を費やすことなくこれらの遺跡を徒歩で見て回ることができる。昭和四十三年に建設された回天記念館は、馬島港から小高い山を少し登った所にあり、辺りは桜の木が多く、春の桜の季節には花見の名所としても有名な場所である。

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回天記念館を少し下った場所に無料休憩所「養浩館」という建物がある。数本の白い柱と白い壁が際立つその西洋風建物の小さな佇まいは、小高い山頂から帰って来た人々にほっとするような安堵感を与えているかのようだ。そんな「養浩館」の中に、島の語り部として大津島を人々に広めておられる高松工(たかまつたくみ)さんというとても魅力的な人物がいらっしゃる。高松工さんは大正十一年に大津島に生まれ、太平洋戦争中は一時的に東京目黒にあった旧海軍技術研究所に赴任されていたが、戦後に大津島へ帰島し、それ以来九十歳になる現在までずっと大津島を見続けてこられたという、まさに島の生き字引のようなお方だ。旧海軍の同志と共に回天記念館の設立に携わられ、設立時の昭和四十三年から平成十年まで回天記念館の館長も務められた。そんな高松工さんに大津島の歴史と現状をお訊きするため、一昨年の三月、曇空の下、徳山港から馬島港へとフェリーで渡島したのだった。

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島へ着くなり高松さんが原付きで迎えてくださった。そのチャーミングな笑顔といまだ艶のある顔肌を見て、一瞬で高松さんに好意を持った。我々は挨拶もそこそこに丘を登って「養浩館」に入り、そこで様々な話をした。殆どが高松さんの過去の体験談だった(高松さんは自分語りの好きな人だった)。それらをここに書くこともできるが、それは自分の胸の中にしまっておく。なぜなら、個人的な邂逅とはそういうものだと思うからだ。最後に挨拶を交わすと、「養浩館」を出て一人丘を下った。「養浩館」を出るとさっきまでの曇り空が嘘のように、文句の付けようのない青空が広がり、待ち切れないかのように春の陽光が覗き、島を照りつけていた。猫が二匹、階段の陰で昼寝をしていた。人間慣れしているのか、触っても身動きひとつしなかった。フェリー乗り場に近い防波堤では数人の若者が魚釣りをしていた。小高い山の方ではときおり種類の分からない鳥がさえずっていた。自分を含め、様々なものがスローモーションで流れているようだった。時間というものは一定ではない。場所や空間によって伸びたり縮んだりするのが時間だ。そのような時間軸の変容の果てに今があり、我々はそのような時間軸の変容を経た歴史の真っ只中を生きている。そして、時間軸は今後も変容し続け、誰かが我々を記憶し続ける限りにおいて歴史は続いていくだろう。

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