【映画】共謀者

はじめに

 黒幕がごく自然な登場人物を演じながらも、最後にその正体を露わにして、それまでの過程を覆すという手法は、名作「ユージュアル・サスペクツ」を持ち出すまでもなく、サスペンス映画ではよくあることだ。さらに、アウトローな犯罪者が義理と人情に弱く、自分自身が社会の屑であることを自覚しながらも、最低限、ここを越えてはならないというルールを自分の中に定めているというのも、レイモンド・チャンドラーの探偵小説群を持ち出すまでもなく、古典的なアウトロー像だろう。2013年6月に公開されたキム・ホンソン監督による、実際の臓器密売をもとに製作された本作「共謀者」には、救いというものがない。古典的なサスペンス映画の手法をとりながらも、犯罪者であるアウトローたちの情けと義理に絡んだ善意は、徹底的に裏切られ、黒幕は最後まで胡座をかいたままだ。サスペンス映画における黒幕は、謂わば、神の視点を擁している。おそらく、本作における神は、悪魔と言い換えても過言ではない。権力と金に憑依された悪魔は、いつの時代も、私たちの知らない闇社会で高笑いし続けるものだ。心を持ってしまったアウトローな犯罪者たちは、その闇社会では、裏切られ、抹殺される他ない。それがこの世界の虚しい現実なのだろう。映画「共謀者」は、その真実を痛切に突きつけてくる。

あらすじ

 イム・チャンジョン演じるヨンギュは、生きている人間を誘拐して、フェリー内で昏睡状態にした後で臓器を摘出、そして密売するという、組織的な臓器密売から足を洗っていた。3年前に同様の手口で臓器密売を計画、実行したが、皆から「隠居」と呼ばれている執刀医のオ・ダルス演じるギョンジェが、酒を飲んだことによって計画が失敗し、ヨンギュは恩人を亡くしていたからだ。しかしながら、高額な金銭的事情によって最後の乗船を余儀なくされる。ヨンギュは執刀医のギョンジェと部下であるチョ・ダルファン演じるジュンシク、もう一人の部下、イ・ヨンフン演じるデウンを引き連れて、韓国の仁川(インチョン)発、中国の威海(ウェイハイ)着のフェリーに乗り込む。

 この計画のターゲットは、車椅子がなければ歩くことができない、チョン・ジユン演じるチェヒという女性で、チェヒは保険会社に勤める夫、チェ・ダニエル演じるサンホと一緒に乗船し、中国旅行を楽しみにしていた。ヨンギュ一味は、計画通りにチェヒを誘拐して、サウナ室へ連れ込み、ギョンジェの執刀による臓器摘出を始めようとする。手術台に仰向けに乗せられているチェヒの顔を見たヨンギュは、チェヒが3年前の同計画で失敗して他界した恩人の妹だということを知り愕然とする。しかし、ヨンギュはギョンジェに執刀を託して、サウナ室を出る。

 妻のチェヒが行方不明になったと知ったサンホは、船内中を探し回っていた。そのサンホの動揺に気づいた、チョ・ユニ演じるユリは、サンホと共にチェヒを探し回る。ユリは父親の病を中国随一の病院で、密売された臓器による移植によって治そうとして、父親と二人でフェリーに乗船していた。夜の船上でチェヒとユリが、並んで風に髪を吹かれながら会話するシーンが印象的だが、実は、ユリの父親が臓器移植する予定の臓器は、ユリがサンホと共に探し回っているチェヒから摘出されるのだった。二人はフェリーの階段でヨンギュと出会す。ユリは券売所の窓口で働いており、ヨンギュと面識があるどころか、ヨンギュは本気でユリに惚れてさえいたのだ。ユリが父親と一緒に乗船していることで、ヨンギュはすべてのからくりを知る。しかし、やがて、ユリの父親の容体が悪化し、ユリは自室へと帰っていき、サンホはサウナ室の前でヨンギュの部下に消火器で殴られて気絶したまま、自室に追いやられる。

 チェヒの臓器摘出を終えたヨンギュ一味は、車椅子などを海へ投げ込み、サウナ室の血を流して、証拠を隠蔽する。この際に、ヨンギュが運び屋の中年女に臓器の入った箱と黒くて大きなバッグを手渡すシーンがある。運び屋の中年女は泣きながら「これは絶対に捕まる」と主張するが、ヨンギュは恫喝して無理矢理にそれらを手渡す。やがて、フェリーは中国の威海(ウェイハイ)に到着し、運び屋の中年女も苦心しながらなんとか税関を通過する。

 ヨンギュ一味は威海(ウェイハイ)に着くと、それぞれ別行動をとる。ギョンジェは迎えにきた中国人の愛人女性の部屋で性交を楽しむ。二人がシャワーを浴びているとき、黒くて大きなバッグから生きているチェヒが姿をあらわす。ヨンギュはチェヒの臓器を摘出していなかったのだ。チェヒは憔悴しきった身体で、電話に辿り着き、サンホに電話をかける。直前に搭乗者名簿にチェヒの名前がなかったことを知り、途方に暮れていたサンホは、このチェヒからの電話に驚愕した顔をして、安否を気遣う。後述するが、このシーンは、この映画にとって最も重要なシーンだと思われる。

 ヨンギュは臓器の入った箱を持って用意されていた車に乗り込む。しかしながら、車の運転手が受け取った電話の内容から、裏切られたことを知る。運転手を放り出して、車を奪ったヨンギュは、ギョンジェのもとへ駆け込むが、ギョンジェと愛人女性は既に殺害されている。もちろん、チェヒもいない。ヨンギュは当初の目的地である病院へ入っていく。そして、手術室を小窓から覗いて回り、ある手術台の上でチェヒが臓器を摘出されて死んでいることを知る。そこへ部下のジュンシクが現れて、金のためにヨンギュを裏切ったことを証す。かつての恩人の妹であるチェヒを助けたつもりだったヨンギュは、激怒して、ジュンシクの目に刃物を突き刺す。しかしながら、可哀想なやつだ、と言い捨てて、ジュンシクを殺すことなくその場を去る。

 颯爽と現れたサンホこそが、この裏切りの黒幕だったことを知ったヨンギュは、サンホがユリの父親の臓器まで摘出して殺したことで怒り狂う。サンホは「価値のない人間が死ぬことで、多くの命が助かり、俺たちみたいな人間が得をするんだ」と、ヨンギュに理解を求めるが、ヨンギュはそれを許さずに殴打し続ける。そして、市街で警察の拳銃を奪い、サンホの足と胸に銃弾を撃ち込む。ユリは、ヨンギュとサンホの会話を聞き、父親が手術室で臓器を摘出されて殺されているのを見て、父親の臓器移植は、始めからすべてが嘘と偽りで編まれていたことを知って放心する。そして、ユリは飛び降り自殺する。

 ラストシーンで、ヨンギュを始めとする臓器密売組織は一斉に検挙される。しかし、ひとりだけなんの嫌疑もなく生き残った人物が存在する。とある保険会社内で、スーツ姿の女性がエレベーターで最上階のエントランスに上っていく。そして、老齢の男性に臓器移植の話を勧めているある男に書類を手渡す。まず、足が映し出され、徐々に上体が映し出されていく。最後に、眼鏡をかけた顔が露わになる。それは、整形したサンホの姿だった。

二重のサンホの瓦解

 上述したように、サスペンス映画における黒幕の存在は、神の視点と同義だと思われる。そして、実際の事件がもとになっている、臓器密売を題材にしたキム・ホンソン監督の「共謀者」における黒幕は、言うまでもなく、サンホであり、サンホの役柄とは、神の視点から事件の全貌を知りつつ、サンホを演じているサンホということになる。もちろん、ここでいう神とは、悪魔以外の何者でもない。ここから、シニフィエシニフィアンコノテーションなどという言葉を使ってこの映画を論じるつもりは全くない。しかしながら、ひとつだけ指摘しておきたいシーンがある。フェリーの搭乗者名簿にチェヒの名前がないことを知った後で、サンホが、生きているチェヒから電話を受けるシーンだ。サンホはチェヒが、ヨンギュ一味によって臓器を摘出されて死ぬことをあらかじめ知っていた。しかし、ヨンギュはチェヒを生かした。このシーンにおけるサンホの驚きとは、本物の驚愕であり、サンホを演じているサンホ、二重のサンホの瓦解である。つまり、神=悪魔の視点が、このシーンに限って破綻している。これは、この映画を揶揄するものではないが、もし、このシーンにサンホ以外の人間による目撃があったなら、二重のサンホという機能が一部瓦解することはなかったのではないだろうか。そして、キム・ホンソン監督の「共謀者」という映画は、完璧なサスペンス映画になっていたのではないかと思うのだ。