【ストーリー】映画「ある優しき殺人者の記録」の一部分を書き換え

 新婚旅行が韓国なんて、とわたしは気乗りのしないまま、それでも、凌太が初めての海外旅行である韓国の焼き肉を楽しみにしていることに配慮して、関西国際空港から二人で一緒に飛行機に乗った。問題が起これば韓国からなんてすぐに帰国できるし、何なら凌太を韓国に置いたままひとりで帰ってもいい。わたしはそんなことを考えながら、ほとんど凌太と会話することなく、機内をやり過ごした。

 飛行機が仁川国際空港の滑走路に着陸したとき、以前、凌太に誘われてカップル喫茶に入ったことをなぜかわたしは思い出した。薄暗い部屋でカップル同士がお互いの恋人を交換してセックスする場所。凌太はすぐに女の子を見つけて、その女の子と行為を始めた。わたしは薄暗くて顔もよく確認できずに、その女の子の彼氏に誘われるままセックスしてしまったけれども、その間、凌太が必死に腰を振りながら、他人の彼氏とセックスしているわたしを見ているのがたまらなくおかしかったし、凌太がウィンクしてきたときなんて、思わず笑ってしまいそうになるくらいウケた。でも、わたしは凌太が好きだから、見知らぬ他人とセックスした後の、なんだか膣から口にホースが通っているみたいな、変な感覚もそのままにしておいた。

 飛行機を降りてタクシーでソウルの街に繰り出すと、大阪や東京とほとんど変わらない街並みが窓外にあった。わたしにとって韓国は市場でわけのわからない肉が吊るされているイメージだったけれども、そんなのは昔のことなんだなと感慨に耽っていると、凌太がわたしの左手を握ってきて、股間に押し付けはじめた。さすがにチャックは開かなかったけれど、凌太は初めての異国で興奮しているのかなと思って、させるがままにしておいた。

 タクシーがホテルに着くと、料金とチップを少し払って、名前も知らないホテルのスィートルームに案内された。白い壁に所々シミがついている部屋だったけども、アンティークっぽい濃い茶のテーブルと椅子が、その部屋の雰囲気に合っていた。絶対に凌太はセックスを強引に始めるだろうと思っていたけど、ベッドに二人で横になっても凌太はわたしに触ることは一切なかった。それどころか、凌太はいびきをかいて寝てしまった。わたしはちょっとがっかりしてホテル内を散策するために凌太を部屋に残して廊下に出てみた。

 廊下は赤い絨毯だったけども、なにかをこぼした痕や、シミが至る所にあった。わたしたちはそれほどお金を持っていないのだから仕方ないよねと、わたしは自分を誤魔化した。一階のラウンジに降りて、コーヒーショップでコーヒーを飲むことにした。注文がうまく伝わらなかったのか、わたしはブレンドコーヒーを注文したのに、なぜかカプチーノが手渡された。文句の言い方もわからないから、わたしはそれを持って白で統一されているテーブルに座った。

 テーブルには何冊かの雑誌が置いてあって、わたしはそのなかで適当な雑誌を選んで、カプチーノを啜りながら、ページを捲ってみた。日本の雑誌にもよくあるけれど、その雑誌は心霊スポットについての特集を組んでいるみたいだった。当然、わたしはハングル文字をまったく読めない。でも、ある記事の中で、廃墟みたいなマンションの写真が載っていて、それは、一際、わたしの注意を引いた。ゴミだらけでいつ崩壊してもおかしくない廃墟のホテルが、ここからそう遠くない場所にあるんだって思うと、なぜかわくわくしてしまった。このとき、わたしは、わたしが廃墟を好きなことに気づいた。そういえば、昔、長崎の沖合いにある軍艦島ダチュラという麻薬を探す小説を読んだことがあるのを思い出した。ダチュラって結局なんだったっけと思いながら、雑誌のページを捲ると、日本語で書かれた日本人向けの記事が目に入った。韓国の雑誌に日本語で日本人向けの記事があっても、わたしは特に驚かなかった。だって、日本の雑誌にも英語の記事がたくさん載っているのだから。

 その記事には「愛し合っていた日本人のカップルが、19日15時40分32秒に、クムリ・マンション502号室に行けば、要領よく、愛がしんかする」というようなことが書かれていた。少し変な日本語だなと思ったけど、日本の雑誌だって英語でなにを書いているかわかったもんじゃない。そして、今日は19日だった。腕時計を見ると、まだ13時を少し回ったところだった。わたしはその場で凌太に電話をかけた。

 凌太は眠たそうな声で電話に出た。わたしはまず、ダチュラってなんだったっけ、と訊いてみた。

ダチュラ?おまえ何言ってんの?」

「昔読んだ小説に出てきた麻薬だけど、知らない?」

「俺は知らないな。そういや、さっきタクシーの運転手からマリファナ買っといたから。今どこにいんの?」

「一階のラウンジ。凌太に見てほしい雑誌があるんだ。すぐ部屋に帰るね」

 わたしはラウンジを出て、あのなんとか赤い絨毯を維持している廊下を伝って部屋に戻った。凌太は上半身裸でベッドにもたれてマリファナを吸っていた。独特の匂いが部屋に充満している。こういう精神状態の凌太に読ませたくはなかったけれど、わたしはさっきの雑誌、日本語で書かれた記事を凌太に読ませてみた。

「なにこれ?もしかして、俺ら呼ばれてる?愛が深くなるんだってさ。なあ、行こうぜこれ。ちょっと、おまえも吸えよ」

「わたしは今いらない。それより、クムリ・マンションがどこにあるのか調べなきゃ。フロントに電話してみる」

 クムリ・マンションはフロントの女性が丁寧な日本語で応えてくれたように、本当に廃墟だった。心霊スポット紹介記事に載っていたのと同じ外観で、マンション前はゴミだらけ、マンションそのものは今にも崩壊寸前のように見えた。時刻は15時30分を少し過ぎていた。凌太はまだラリっているのかわからないけれど、口を開けてクムリ・マンションを珍しそうに見上げていた。わたしは自分の廃墟フェチに気づいたばかりだったから、一刻も早くマンションに入りたかったけど、記事が正しいのなら、15時40分34秒きっかりに502号室へ入らなければならない。なぜその時刻なのかはわからなかったし、深く考えもしなかった。ともかくも、その時刻に502号室へ入ると、わたしたちの愛は深化する。その想いでいっぱいだった。

 わたしは凌太の手を取って急ぎ足で階段を上った。階段は急でかなり疲れたけども、ドアの前に立って息を整えた。凌太は階段の壁にすがって座り込んでいた。部屋の中からは物音が一切ない。わたしは時刻が15時40分になるのを確認して凌太を立たせた。そして、祈るような気持ちで、腕時計の秒針を待った。34秒になったとき、思い切ってドアを開けた。そこには、バットを持った男と、小奇麗な格好の女、そしてカメラを回している髭を生やした男が三人立っていた。

 そこからは阿鼻叫喚の様相だった。バットを持った男はわけのわからない韓国語を連呼しながら、わたしと凌太を何度も殴打して、その間、カメラはずっと回り続けていた。わたしはカメラを叩き割ってやろうかと思ったけど、いつの間にか、バットを持った韓国人男に椅子に縛られていて、胸を揉まれながら、韓国人男が瀕死の凌太に向かってなにか叫ぶのを聴いていた。なんだか、遠くから誰かがやまびこみたいに叫ぶ声だった。わたし、マリファナ吸ったっけ?

 次に気づいたときは、わたしは仰向けになっていて、バットを持ったわけのわからない韓国人男にレイプされる直前だった。韓国人男は、わたしの中に入ってきそうだったけど、なかなか入れることができず、この人下手なんだなあって冷静に考えているわたしがなんだか面白かった。その間も、韓国人男は凌太に向かって韓国語を叫んでいたけど、カメラを回している髭を生やした男がそれを日本語に訳してくれたから、その言葉の意味がわかった。要するに、韓国人男がわたしをレイプするから、おまえたち日本人二人が愛し合っているなら、凌太の首にかかっている縄で凌太が自殺するべきだ、という内容だった。

 わたしはこんなわけのわからない韓国人男にレイプされるなんて吐き気がしたし、韓国人男はなかなかわたしの中に入ってこれないし、挙句の果てには、凌太は「その女はな、暴力的にレイプされるのを夢みていて、今のシチュエーションは最高なんだよ」というようなことを言い出し始めたから、はあ?とか思ったけど、韓国人男がやっとわたしの中に入ってきてしまって、わたしは咄嗟に韓国人男の耳を噛み切った。その後で、凌太と一緒にカップル喫茶に入ったときのことをまた思い出して、膣から口にホースが通っているような変な感覚がまた襲ってきた。でも、またそれをそのままにしておいた。

 凌太は散々韓国人男にバットで殴られたのに、息を吹き返していて、韓国人男をナイフでめった刺しにしていた。その間にわたしは韓国人男から離れて窓際へ逃げた。韓国人男が弱くなったところで、凌太がわたしの背後に来て、今度はわたしは凌太にレイプされているような格好になった。普通に考えれば、新婚カップルのセックスなんだけど、なぜかわたしは凌太にレイプされている気分だった。なぜだったんだろう。そして、そのとき、ふと思い浮かんだのは、タクシーの中で凌太に左手を股間に押し付けられたとき、凌太は射精したんだろうかということだった。自分が死ぬかもしれないときに、なぜわたしはどうでもいいことを考えてしまうのだろう。凌太に突かれているとき、わたしはホースが口から出てしまうかもしれないとも思った。

 最後に気づいたとき、凌太は死んでいて、わたしは目の前の上品な格好をした女に首を切られていた。バットを持った韓国人男とカメラを回していた髭を生やした男がどこにいるのかはわからない。ゆっくりと薄れていく意識のなかで、わたしは15時40分34秒という時刻のことを考えていた。なぜその時刻だったのだろう。もし1秒でも遅くこの502号室に入っていたら、あらゆる事態は違った展開だったのだろうか。

 スローモーションを最大にした再生フィルムを観ているような感覚で、わたしは部屋を見渡し、屍体となった凌太をもう一度見た後、「愛し合っていた日本人」という変な日本語を思い出して笑いそうになりながら、目の前の上品な格好の女にナイフを突き刺した。