【詩】黒い通勤者

窓外の空が薄いオレンジ色に変わりはじめる頃、

僕たちは、連なって吊り革をつかむ、黒い通勤者。

一瞬、橋の上に、携帯電話のカメラを空に向けた少女が過ぎり、

黒い通勤者たちと同じように、僕も四角い空を見上げる。

西の果てに沈んでいく途上に、空より濃いオレンジ色のマル。

しばらくすると、電車の轟音とともに、それも過ぎ去っていき、

あの少女はとっくに消えてしまったというのに。

少女のスカートは何色だっただろう、

君も見ただろうか、今このとき、失われてしまった多くのものたちを。

 

モーツァルトピアノソナタが、駅の階段を駆け下りていく、

黒い通勤者たちが一斉に街路に溢れ、朝の白い吐息で枯葉が舞う。

イアフォンを外した瞬間、僕の耳は弾み、誰かのお喋り声が、

街路をずんずん歩いていく僕の耳に誰かのお喋り声が。

電柱の陰に隠れるように、タバコを吹かす黒い通勤者、

うつむきながら、腕時計を気にする黒い通勤者。

ビルのエレベーターに滑り込んだ僕たちはすうっと上っていく、

しんとしたエレベーター内で、僕の耳に誰かのお喋り声が囁いて。

君も聴いただろうか、かつて、存在していた多くの声音たちを。